第二部 商売繁盛(しょうばいはんじょう)

第38話 奇貨可居(きかかきょ)

 今後のことを話し合った後、部屋の面々は主賓室を出る。


「ねえねえ、おとうさま。ありあもにいたんみたいにば〜ってやりたい」

「そうだな、兄さんみたいな魔術を覚えたいか……」

「あらあらまあまあ、息子に負けちゃったから……」

「むう……」


 どうやら、アリアが魔術に興味を持ってくれたようだ。

 しかし、魔術を発動できなかった父さんは娘に魔術師とは見られてないらしい。


 王国一の魔術師なのに……。


「こうなったら、私もアルに魔術を学ぶことにするぞ。なあ、アル?」

「無理です」

「えっ?」


 やる気満々でそう言われても、炎の魔術メインの人に僕が教えられる訳がないじゃないか。

 僕のトラウマを忘れていませんかね?


「理論はさっき話したとおりですし、やり方はプレセア先生に聞いてください」

「アル……」


 ガタイのいい大人が、そんな捨てられた子犬みたいな姿を晒さないで欲しい。


「貴方、アルでも炎の魔術だけは教えられないんですから……」

「あっ、そうか……」


 母さんに指摘されてどうやら父さんも、僕の真意を理解してくれたようだ。

 まあ、父さんほどの魔術師なら、ちょっと考え方を変えればあっという間に【詠唱破棄】くらいまでには至れるだろうな。


 実際に目の前で【詠唱破棄】よりも上位の【無詠唱】で魔術を展開して見せたわけだし。


 そんなことを考えていたら、祖父から呼び止められた。


「そう言えば、王都でも人気を博してる『マヨネーズ』や『ケチャップ』にもアルフレッドが関与してるんじゃったか?」 

「ええ、父さまにも裏書きをもらって商会を立ち上げてます」


 ここで言う『裏書き』とは、商会を立ち上げる際に商業ギルドに登録をする必要があるのだが、この登録と引き換えに受け取る証書の裏側に貴族からサインをもらうことだ。

 ただし、このサインはそう簡単に貰えるわけではない。


 裏書きした商会が不祥事を起こしたり、倒産したりすれば、その貴族は見る目がないと証明してしまうようなものだからだ。


 だから、裏書きをもらえる商会は本当に少ないし、あればそれだけでもとんでもないステータスになるわけだ。


 いくら親子の縁があるとは言え、息子を信用し過ぎなんじゃないかと心配になるほどだ。


「それはすごいのう。なんとも、ここまで優秀じゃと、もう羨むばかりじゃな。ウチのバカ息子共に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいじゃわ」

「人の縁のおかげですよ」

「ほほほっ、わずか9歳でその言葉を使うか。のう、ウチに来んか?侯爵を継がせるぞ」

「お父様!」


 再度の勧誘に、母さんの語気が強くなる。

 父さんも苦虫を噛み潰したような顔だ。


「冗談じゃ、冗談。聞いたのは商会をウチにも回してもらえんかと思っての」

「本当ですか?」

「おお、王国の玄関口を自負するウチとしては、王国の名産も取り揃えておきたいのでな」

「ありがとうございます」

「ほほほほっ、来てもらえるなら、こちらこそありがたい限りじゃ」

「じゃあ【フォテイア商会】に連絡しときますね」


 僕は祖父の申し出をありがたく受ける。

 


 領主様直々の申し出だ。

 これでまた商圏が広がるのは間違いない。

 そうなれば、ますます今後の売れ行きが伸びることになるだろう。

 もう、笑いが止まらない。


「アル、悪い顔してる」

「ブラン副オーナー、これはまた儲けの予感ですぞ」

「はいはい」


 なんでため息つくのかね?




 ―――フォテイア商会。


 それは新興ながら、マヨネーズやケチャップ、更には新しい料理を売り物にし、ゆくゆくは王都の食を扱う勢力図を塗り替えるとまで言われている商会。



 それにしても、この数年で商会はだいぶ大きくなったものだ。

 まさか、従業員が全てスラム上がりだとは誰も思うまい。

 商会長なんて、爵位を授かったりしてるのに。


 それにしても、商会は商会で、ここに来るまでいろいろとあったな……。

 

 僕はぼんやりと、フォテイア商会の設立に至った経緯に思いを馳せるのであった。


 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 今回から第二部開始です。

 ちょっと過去に戻って、商会篇が始まります。


 今後もお付き合いいただけると幸いです。







 

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