第40話 蓋世之才(がいせいのさい)

 シュレーダー辺境伯領都フレイムに存在するスラム街。


 崩れ落ちた石造りの建物や、木片を重ね合わせただけの小屋が無秩序に立ち並び、道のあちこちには何の死骸かも分からない肉片や、元の形が想像できなほどに壊れた物品の残骸等が散乱している。


 衛生環境も劣悪で、そこら中に排泄物が垂れ流され、住人も身体を拭くことすらしない。

 

 これは先代辺境伯の放蕩な領地経営と、拙劣な都市計画、杜撰な領地運営がもたらした負の遺産であった。


 フレイムという都市に馴染めなかった者、よそから来て夢破れた者、スネに傷を持つ者。

 そんな者たちの子どもや戦争で親を失った子どもたち。


 ―――そしてそれを喰い物にする悪党。


 ここにはありとあらゆる弱者が集っていた。

 同時に、ありとあらゆる悪意も。


 それは襲爵した父さんでも、なかなかメスを入れられないほどに肥大化してしまっていたのだ。 


 前世でモニター越しに世界のスラム街を見たことはあっても、実際に肌で感じる退廃感や鼻を強烈に刺激する悪臭はこうして体験してみないと分からないものだ。


「……くちゃい」


 ただでさえ嗅覚が鋭いブランにとって、この街の空気はちょっと厳しいものがあるようだ。


 彼女は、僕が作った消臭剤入りの真っ白なマスク姿だが、この臭いを中和するには至らなかったようだ。


 僕はオリジナルの魔術【消臭(デ・オドラント)】を展開して、瞬時に部屋の中を消臭する。

 イメージさえ出来ていれば、無詠唱ばかりでなく、自由に魔術を使えることが分かってから早2年。

 僕はこの世界の四大属性魔術以外の魔術まで生み出していた。

 基本的にどの属性にも馴染まないので【無属性魔術】とでも言おうか。


「ありがと」

「どういたしまして」 


 ブランにお礼をされたので、素直に応じる。

 もう、可愛いなあとニヤニヤしていると、周囲から驚きの声が聞こえて来る。


「おい、急に臭いが消えたぞ」

「なんだこれ?」 

「え〜っ、私たち臭くないよ」


 それは先程、僕たちを助けてくれたスラムの少年たちだった。

 さすがに詠唱もしてないので、魔術を使ったとは思いも至らないらしい。


「挨拶が遅れてすみません。助けていただいてありがとうございます。僕はアル。こっちはブランです」 

「ども」


 僕は少年たちに向き直ると、先程のお礼をする。

 となりでは、ブランがちょこんとアタマを下げている。


「あっ……、ああ。僕は【クレス】そして後ろにいるのが……」 

「お兄ちゃん、わざわざ名前なんて言う必要ないよ」


 栗毛の少年が僕らの挨拶に応じようとすると、これを同じ髪の色をした少女が遮る。

 クレスという少年をお兄ちゃんと呼ぶからには妹だろうか。

 どことなく似た雰囲気がある。

 少女は10代前半といった感じか。


「【クレア】何でそんなコトを言うんだ」

「その格好をよく見なよ。わざと汚してはいるけど生地は上物、縫製も丁寧でこんな服を着るのは貴族ぐらいだよ」

「本当か?」

「アタシの目を疑うの?」


 そんなやり取りを感心しながら見る僕。

 スゴイな。


 この少女は目の付け所が違う。

 確かに僕らの着ている服は、彼らの服よりも作りが丁寧だ。

 だが、それをこの短時間で見極めるとは。

 面白い人材がいたと思うのであった。


  

 

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