第92話 前途有望(ぜんとゆうぼう)

「それでこれからどうするの」 


 ブランが僕らの今後について尋ねてきた。

 確かに、ランドさんたちの件も一件落着し、これ以上、僕たちが関わる必要性も無いと思われる。


 ――――でも。


「とりあえず、しばらくの間はブラッディボアの肉をランドさんに届ける依頼を受けるよ」

「ん?討伐依頼はFランクじゃ受けられないはず」

「ふっふっふ……、よく気づいた」

「ん?」

「実はね、ランドさんたちを助けたあと、手伝ってもらって薬草も採取してきたんだ。やっぱり、大森林も浅いところよりも深いところの方が薬草は群生してたよ。そんな訳でランクが上がりました。念願の登録翌日のランクアップ達成です」


 わー、パチパチとひとりで拍手するが、ブランは頬を膨らませてご立腹だ。


「アルばっかりズルい」

「もちろん、ブランと一緒にランクアップだよ。リリーさんにもその旨は伝えてある。明日、ギルドに行って処理してもらおう」

「なら許す」


 そんなやり取りを聞いていた、シピさんが感心する。


「かぁ~、最速でランクアップッスか。こりゃあ、アッという間に抜かれそうッスね」

「いや、さすがにAランクやそれ以上なんて、なかなか難しいですよ」


 僕がそう謙遜すると、ランドさんがこれを否定する。


「いや、そうでもないさ。アルフレッド君もブランさんも前途有望だよ。君たちを見てると、かつて僕たちが憧れた伝説のパーティーを思い出すんだ」

「ん?」

「【流浪の劫火】ってパーティーなんだけどね」

「あ~、あの人たちッスね」 


 するとシピさんも話しに乗ってくる。


 何だよ、その中二病ド真ん中なパーティー名は。

 しかも『劫火』?

 嫌な予感しかしない。


 そう思ってブランに視線を送ると、既に頬を赤くして俯いている。


 まさか…………。


「数々の記録を打ち立てて、わずか3年でAランクに至った伝説」

「いずれはSランクも確実と言われていたッスね」

「実は、そのリーダーがあのシュレーダー辺境伯なんだよ。アーサー様が当主となるために冒険者を辞めたから、パーティーは解散したんだけどね」

「もったいなかったッスね」

「本当に……」

「『オレの劫火は最強だ』ってよく言ってらしたんだけど、あのシュレーダー家なら当然だよ。燃えるような真紅の髪なんて、まさに火炎魔術のために生まれてきたようなお方だった」

「それに、当時、獣人最強とも言われた【白夜叉】の暴れっぷりも伝説だったッス」

「そうだったね、喧嘩して居酒屋を潰したってヤツ」

「ええ、文字通り潰したッスからね」

「あっと言う間に更地にしてたからね……」


 ランドさんがドヤ顔で内情を明かす。


 やっぱりかああああああ~!


 父上ええええ、中二病全開で痛々しいです!

 そしておそらくはディアナ、物理的に店を潰しちゃったの!?


 僕は恥ずかしさのあまり、ガックリと膝を落とす。


 まさか、こんなところで親の若かりし頃の逸話を聞くことになるとは。

 きっと、僕の頬も髪と同じくらい真っ赤になっているに違いない。


「どうしたんだい、アルフレッド君?」

「イエ、ナンデモアリマセン」


 ランドさんが心配して声をかけてくるが、しばらく立ち直れそうにない。



 深呼吸を数十回繰り返して、落ち着きを取り戻した僕は、現実逃避気味にブランと話をする。


「でもこのままだと、この街の経済はボロボロだよね」

「回復には時間がかかる?」

「ああ。とりあえず、明日ギルドに行ったときに話をしてみようか」

「分かった」

「でも、こんなに経済をかき回されたから、第二のカイウス商会が現れてもおかしくないな……」

「なら、クリフを呼んだら?」

「ああ、そっか。あそこなら大丈夫かな?」

「大丈夫。アルがしっかり言えば、喜んでやるはず」

「じゃあ、それも含めて明日相談してみようか」 

「ん」


 そんな打ち合わせをしていると、不意にランドさんから話しかけられる。


「それはそうと、アルフレッド君は、今は宿屋暮らしだよね?」

「ええ、いろいろなところに旅をしたいと思っていますので、身軽な方がいいのかと」

「そうだね。じっくりと腰を落ち着けるか、旅から旅を繰り返すか。その自由が冒険者の醍醐味だからね」

「はい」

「ただ、しばらくはこの街にいるんだろ?」

「そのつもりです。冒険者としていろいろと学ぶことは多そうなので」

「なら、その間だけでも、我が家に来ないかい?」

「えっ?」

「この店の前の持ち主は、宿屋も営んでいたから、部屋だけはたくさんあるんだ。僕らも助けられてばかりで申し訳なくてね。命の恩人に何かさせてもらえないかい?それに……」


 ランドさんは、アリシアとブランをチラリと見ると、苦笑いを浮かべつつ言葉を続ける。


「ブランさんとウチの娘は、だいぶ仲が良いようだしね」

「「違う!」」


 ランドさんの言葉に、アリシアとブランが同時に抗議の声を上げる。


「お父さん、私がこんなに無愛想な子と仲いいワケないでしょ!」 

「それは同意しない。こんな子犬みたいに騒ぐ娘と仲良くなるはずがない」

「誰が子犬ですって?」

「お父さん、お母さんってキャンキャンしてた」


 ふたりはお互いのことをけなしているようだが、確かに何となく楽しそうなやりとりをしているようにも見える。 

 アリシアは言葉は刺々しいが笑顔だし、ブランも尻尾がゆったりと動いているのだから。


「それじゃ、お世話になってもいいですか?」

「ああ、任せてよ。それで部屋は一部屋?二部屋?どちらでもいいよ」

「それじゃ、お言葉に甘えて二部……」

「一部屋」


 僕の言葉を遮ってブランがそう申し出る。


「なっ、何ですって!?ホントの姉弟でもないのにフケツよ。フケツ」


 すると、すぐにアリシアがブランの発言に抗議の声を上げる。


「アルと私は一心同体。一緒に寝るのも当然」

「当然じゃないからね」

「アルは照れてる」 

「そりゃあ、照れるさ。男はね、可愛い女の子と一緒だとドキドキして落ち着かなくなるんだよ」 

「あら、ずいぶんと情熱的ね」

 

 僕が本音で答えると、ランドさんの奥さんのリサさんが茶々を入れてきた。

 体調が回復してくると、リサさんは徐々に生来の元気を取り戻していた。

 その性格といえば、よく言えば肝っ玉母さん。

 悪く言えば猛女か。


 どこかの獣人夫婦を彷彿とさせる夫婦の関係性だ。


 そう考えると、ブランもアリシアも家庭環境が似てるのかな?


 どちらも恐妻家の家庭であり、一人娘だしね。


「アルが可愛い私と一緒だと、興奮して落ちつかないなら仕方ない」

「興奮って、人聞きが悪いからね」


 どうやらブランは、僕の答えに満足してくれたようだ。


「それじゃ、ランドさん二部屋でお願いしますね」

「任せといてよ」


 そんな訳で、僕らは『かがり火』に部屋を借りることになったのだった。


 しかも、元は宿屋だけあって大浴場もある。

 望外な幸運に僕は喜んだ。


「それで、いつから来る?今日からでも大丈夫だよ。宿屋もキャンセルが効くんじゃないかな?」

「それじゃ、今日から……」

「待った」


 僕は早速お世話になろうと思っていたのだが、ブランに言葉を遮られる。


「アル、キャンセルは良くない。あっちの宿屋もきちんと準備してるんだから、そこはきちんとするべき」

「……おおう」


 何ですと?

 いつもにも増して、ブランが雄弁に物事を語っている。


 その言葉の正しさに、僕は言葉を失う。


「……そっ、そうだね。分かったよ。今日は宿に泊まって、明日からランドさんたちにお世話になろうよ」

「それでいい」


 ブランの熱意に負けた僕は、ランドさんに明日から世話になることを告げて、その日は店を後にしたのだった。

 



 ………………うん、分かっていたよ。


 ブランの口数が多いときは、絶対に何か企んでいるときなんだ。

 

 結果、宿はひと部屋に減らされていた。


 間違いなく二部屋って言ったよねと、女将に僕が詰め寄ると、宿の女将はあっさりと部屋が減った理由を答える。


「あれ?聞いていないのかい?ふたりで宿を出発したなと思えば、そっちの獣人の嬢ちゃんがすぐに戻って来て部屋数を減らしたじゃないか」

「……えっ?」


 驚いて僕がブランに振り向くと、彼女はそっぽを向いてひゅ~ひゅ~と口笛を吹こうとしている。

 おい、音が出てねえよ。


 まさか、朝に宿屋に戻ったブランが、やっぱり一部屋で良いって予約し直していたとは思わないじゃないか。

 すっかり、トイレに行ったんだって思い込んでいたよ。


 最初は、僕も床で寝ようとしたさ。

 でも、「貸しがひとつ」って押し切られれば、どうしょうもないじゃないか。



 そんな訳で僕は、宿屋のベッドでブランに抱きかかえられながら寝ている。

 ブランに背中を向けているのは、僕のささやかな抵抗だ。

 

 むふ~って、可愛らしい声を出しても無駄だからな。


 今日もまた、眠れない夜になりそうだ。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


とりあえず、第4部終了です。


毎日更新がんばったなという方は、★での評価をお願いします。

あと、お知り合いにでも勧めていただけると、ありがたく思います。


第5部からもまたよろしくお願いします。


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