第91話 経済戦争(けいざいせんそう)
「それにしても……」
それまでのやり取りを聞いて、僕は思わず感想を漏らす。
「典型的なダンピングだね」
「ダンピング?」
僕が呆れながらそう呟くと、アリシアが聞き返す。
「ああ、ある商会が他所の市場へ進出するのに、一時的な投げ売りを行って客を独占して、同業者を排除すること」
「それの何が問題なの?新しく出店しましたって挨拶代わりの安売りなんて、どこでもやってるんじゃない?」
「ごく一時的なものなら全く問題はないよ。これが問題なのは、同業者が全滅するまでそれを続けることなんだ」
「どうしてそこまでするの?」
「市場を独占するためだよ。一度、独占したならあとはどうとでもなるからね。例えば、そこに至るまでに損した分を取り戻すために、価格を倍にしても同業者がいなければ、みんなは嫌でもそこから購入しなくちゃならなくなる」
「そんなことが……」
アリシアが市場を牛耳られた場合を想像して表情を曇らせる。
するとシピさんが、その危険性について続ける。
「あるンスよ。実際に東伯領では一部の街や村がカイウス商会の支配に収まったッス」
「街や村が?市場じゃなくて?」
「そうッス」
どうやら、カイウス商会は数年前にどこぞの仮面騎士に悪事をバラされてから、手段を選ばなくなったようだ。
王都での影響力が低下した分を、他所から得ようとしたのだろうか。
「アル……カイウスって……」
「うん、前にどこかの英雄たちに徹底的にやられたとこ」
「もっとやっておけば……」
ブランも、カイウスのやり方に苛ついたようで、対応が甘かったと後悔しているようだ。
そこは正体がバレちゃうから、あまり言わないようにしないとね。
そこで僕は、話題を逸らすために、街や村の経済を独占する方法を説明する。
「例えば、食べ物の市場を独占したら、そこから武器や防具、宿泊施設等といった他業種にも手を伸ばすのは簡単なんだ」
「どうして?」
「だって、あの店で買い物する人には食べ物を売らないってやれば、みんなは従わざるを得ないよね」
「そのとおりッス。一度狙われたら終わりなんスよ。街の市場すべてを食べ尽くす、バッタのようなヤツらなんスから」
ダンピングについて、前世の日本では独占禁止法で規制されるほど厳格に禁止されている。
成功すれば、一つの街や村をまるまる自分たちの支配下におけるようなやり方だ。
これは、父上に一言忠告しといた方がいいかもと考える。
「経済戦争を仕掛けられたようなものかぁ……」
この世界でダンピングは、そこまで厳しく規制はされていないが、この街ではいち早くカイウス商会の動きが危ういと気づく人がいたようだ。
「それで、その依頼を出した人って?」
「代官様ッス」
代官直々の依頼かぁ。
なかなか大物が出てきたな。
だが、そのくらいの人でなければこの危険性は分からないよなぁ。
「この街の代官って確か……」
「アグニス男爵」
僕がうろ覚えの知識をひねり出していると、ブランがあっさり答えを告げる。
辺境伯領でも有数の街であるため、代官にもそれなりの立場が必要だ。
そのために、役職に応じて貴族が充てられているケースになる。
いわゆる法服貴族ってやつだな。
「ちなみに、お昼にアルと話していた顔役の人」
「うそ?」
「ホント。確か数年前に挨拶に来てた」
「マジで?」
「マジで」
思わず聞き返したが、僕はブランの言葉に疑いは持っていない。
彼女は他人をその鋭い嗅覚で判断しており、一度嗅いだ香りは決して忘れないという特技を持っている。
ゆえに、彼女がそう言うなら間違いないのだ。
僕はボンヤリと、お昼に逢ったグスタフさんを思い浮かべる。
確かに大物の雰囲気はあったけど、まさか貴族とは思ってなかったよ。
でも、よく考えたらこの店を紹介してくれたのはグスタフさんだったような気もする。
一方では既に手を打っていたけど、僕たちにも情報を渡して、どう動くか見たってことかな?
「ちなみに、代官様はギルドマスターも兼任してるッス」
するとシピさんが爆弾発言だ。
あ~そっかぁ。
冒険者が例外なくEランクから始まって、その依頼に必ず街の雑用がある理由がやっと分かったよ。
つまり、Eランクの依頼って冒険者の面接だったんだ。
どこかに存在する覆面調査官がEランク冒険者の人となりを確認して、問題が無ければそれで良し。
でも、問題があれば…………。
詳しくは考えないようにしよう。
そんな中で、ランドさんたちの窮状を知った僕たちがどう行動するかといった、追加試験を受けていたのだと理解したのであった。
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