第90話 裏面工作(りめんこうさく)

「で、どこぞの組織が、ランドさんたちを餌にハンザ商会の悪事を暴こうとしていたのは分かっています。そのあたりをもっと詳しくお願いできますか?」


 僕らは荒れ放題のハンザ商会から、ランドさんたちの店『かがり火』に移動して、これまでの経緯をAランク冒険者のシピさんから聞くことにした。

 いずれは、依頼主自らが謝罪に来るはずだからと、あっさりと内情を教えてくれるようだ。


「いやあ、さすが冒険者ギルドで大立ち回りしたふたりッスね。坊っちゃんは見たことのない魔術を無詠唱。こちらの孃ちゃんは獣人なのに、魔術をバンバン使ってたし」

「猫、うるさい」

「ええ、褒めていただかなくて結構ですので」


 ブランと僕があっさりとシピさんの発言を流すと、彼女は渋々ながらも今回の一連の工作について話し出す。


「そもそも発端は、王都のカイウス商会がフレイムの街に進出したことッス」

「カイウス商会は王都でも最大手だ」


 ランドさんが補足するが、正しくは、最近とある商会と順位が入れ替わったんだけどね。

 大人な僕はあえて指摘はしないけどさ。


「コイツらは、最初にすごい安売りをして客を集めていたんス。それは、採算割れが確実な低料金でッス。それが一年ほど経っても終わる素振りが見られなかったんで、何かがおかしいって話しになったんスよ」


 うんうん。


「そこで調べてみれば、コイツらは他所でも同じコトをしていたのが分かったッス」

「それで苦境にあったランドさんたちを餌にして、商会の粗を探そうとした、と?」

「そのとおりッス。ただ、間違えてほしくないのは、ご主人たちに命の危険は無かったんでス」

「ふざけんな!妻なんて、妻なんて……アルフレッド君がいなければ、今頃死んでいたんだぞ!」

 

 ランドさんが、当時を思い出して激昂し、今にも殴りかからんばかりだ。


 だが、そこを僕が訂正する。


「確かに黙っていたのは許せませんが、僕が助けに入らなければ、誰かが助けていただろうというのは確かなようですよ」

「えっ?」


 僕がそう告げるとランドさんが驚く。


「ホントかい?」

「ええ、かなりの腕前の人があの場にいました。おそらく、ギリギリまで様子を見ていたのでしょう」

「本当ッス。ご主人たちにはウチの師匠が着いてたんスよ」

「えっ?……師匠?まさか……」

「そのとおりッス」


 僕やブランは良く分からないが、どうやら有名人らしい。

 あれほど怒っていたランドさんが大人しくなる。


「師匠って誰なの?」


 僕がコッソリとアリシアに尋ねると、彼女は呆れたように説明する。


「Aランクの【潜影】シピの師匠って言ったら、【深淵】ミネットしかいないじゃない!」


 いないじゃないって言われても、よく分からんがな。  

 反応の鈍い僕に業を煮やしたアリシアは、さらに説明する。


「Sランクの【上忍ニンジャマスター】で、ダンジョン【叫声の巨嘴鳥】単独踏破者よ!」 

「へえ~、そんな人なんだ」


 つい先日、カレナリエルに逢ったばかりの僕としては、どこか感覚が麻痺してるようであまり驚かなかった。


 それよりも、大陸で片手ほどしかいないSランク冒険者が二人もいるなんて、この街はどうなってるんだ?


「師匠は、別の依頼で呼ばれていたんスが、時間がかかるらしく、それならば、その間にってことで、ずっとご主人にたちに張り付いてたッス」

「俺たちは、あの【深淵】様に守っていただいてたのか……」 

「すごい……。確かにそれなら死にはしないでしょうね……」

 

 なん……だと?


 ランドさんとリサさんのお怒りがいつの間にか収まっている!


 元冒険者だった二人だし、Sランクの【深淵】さんは、それほどのネームバリューなんだろうな。


 前世で例えるなら「死にそうな目に遭うけど、死にはしないようにキッチリと対策は取ってあるよ。その上、ずっと身を守ってくれていたのは有名なアイドルだったよ」とか言われるようなものか……。


 う~ん、それなら僕も許せちゃうかな?



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