第6話 懊悩煩悶(おうのうはんもん)

「お手上げじゃな」


 王都からわざわざ招聘した医術師が匙を投げる。


 この世界にもあった認知行動療法や投薬といった様々な方法でトラウマの治療を試みるも、僕の炎への恐怖は根が深く一向に改善するそぶりが見られなかった。


 正直なところ、僕は無理なんじゃないかなとはうすうす思っていた。


 何しろ、普通ならば「の経験」をしたためにトラウマになるものだが、僕の場合は「経験」から来るトラウマなのだから。


 他の人とトラウマの比べをする気はないが、僕の場合はかなり根が深いのではないかと思うのだ。

 それこそ、死んでしまったという結果を踏まえてのカウンセリングが必要なんじゃないかなと思う。

 まあ、転生したなんて言っても誰も信じないだろうから仕方のないことだ。


 今でも時々夢に見る死の瞬間。


 ジリジリと肌を焼く炎の恐怖と痛み、一面が赤々と包まれる中、徐々に身体の自由を失い死へと近づいていく絶望は誰に説明しても、完全に理解してもらうことは不可能だろう。


(やっぱり無理だよね……)


 だから僕はこのトラウマと一生付き合って行くしかないと、諦めにも似た気持ちになった。


「先生、何とかならんのか?金ならいくらでも払うぞ」

「そうは言われても、ここまで根が深いトラウマなど聞いたことがない。いったい何をどうしたらここまで炎を恐怖するのか……」


 医術師が途方に暮れる。


(………焼死すればトラウマにもなるよ)


 僕が諦めの境地に至っている側で、脳筋オヤジこと、僕の父親のアーサーが医術師に詰め寄る。


 ほら、そんなに威圧するから、先生は涙目じゃないか。


 僕は医術師に助け船を出す。


「父上……」


 僕は医術師の胸ぐらを掴んで詰め寄る父を制止しつつ、ひとつの願いを口にする。


「父上、どうやら僕は、このトラウマとは一生付き合って行かなければならないようです」

「アルフォンス、そんなことを言うな!絶対に私が……」


 そう必死に言葉の端々から、父親の深い愛情を感じる。

 思わず泣きそうになるが必死でこらえる。


 父は脳筋だけど、家族思いの良い人だ。 


 前世の僕の両親がどうだったのはもはや思い出せないが、ここまで慈しんでくれる父親はそうそういないだろうとは思う。


 つくづく僕は親に恵まれたのだと、痛感する。



「いえ、何が原因かは分かりませんが、仕方ありません」 

「諦めるな、私が何もかする、きっとだ!」


 泣きそうになりながら、必死に僕を慰める父に僕は一つのお願いをする。


「いえ、仕方ありません。これまで貴族の端くれとして育てていただいたのです。貴族としてどうあるべきかは多少なりとも学んできたつもりです。私はいずれこの家を出なければならない立場と理解しています」 

「アルフレッド!」

「父上、そこでお願いがあります。どうか、放逐されるまでの間で結構ですから、私に剣や魔術の師を着けていただきたいのです」

「アルフレッド……」

「お願いします」

「師については分かった……だが、火炎魔術が使えないからといってお前を放逐するつもりはもとよりない」

「いえ、それでは次の当主に迷惑がかかります。家督を継げない実子がいては迷惑でしょうから」

「そこまでお前は……分かった。善処しよう」

「ありがとうございます」


 僕はそうお礼をすると、そのまま部屋を出る。


 廊下に出ると、そこにはプラチナブロンドの幼馴染みがいた。


「ん。アル、よく言った」


 彼女は、そう言うと僕をそっと抱きしめる。


「でも辛いなら泣いていい。私はお姉ちゃんだから聞いてあげる」


 そう、耳元でささやかれたとたん、僕の胸には熱いものが込み上げてきて、涙が止らなくなった。


 転生したら優しい家族と尊敬できる人々に囲まれて、とても幸せな日々だった。


 僕自身、第二の人生が本当に恵まれていると心から思っていた。


 前世では得られなかった、温かい家庭がそこにはあったのだ

 だが、炎にトラウマがあるばかりに、いづれはそんな人々と別れなくてはいけない。


 出会いと別れなど、前世で散々と繰り返してきたはずだ。


 ……なのに何故涙が止らないんだろう。


 身体に魂が引っ張られるとは、誰の言葉だったろうか。


 こんなに涙もろかったはずじゃないのに……。


 溢れる涙をこらえきれずに、僕は幼馴染みの胸で泣き続けるのだった。

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