第5話 喧嘩囂躁(けんかごうそう)
「アーサー、いるかぁ!」
「たのもー」
夫婦がいちゃつき始めた甘い空間をぶち壊したのは、野太い声と鈴の鳴るようなかわいい声だ。
ブランとその父親の【ゲオルク】だ。
ゲオルクはバリバリの前衛職である【剣士】である。
以前に、ゲオルクの戦いぶりを見た記憶を思い出す。
脳筋オヤジを遥かに超えるその恵まれた体躯と、獣人特有の特殊能力により、身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回す姿は、まさに力の権化だ。
一振りで大勢の人間が飛んていくさまは、前世の特撮映画でも見ているような光景だった。
そんな男が娘とやってきたということは……。
「なんだゲオルクとブラン」
「模擬戦を挑みにきた」
「きた」
「お前らもか……。見ろ俺の姿を」
「……うわ。アンネにやられたのか?」
脳筋オヤジの哀れな姿に、ちょっと引いたゲオルクに母親のアンネマリーが笑顔で告げる。
「OHANASHIですよ」
「……お、おう」
「分かった」
ゲオルクとブランが背筋を伸ばして何度も頷く。
「……し、仕方ねえな。今日は勘弁してやるか」
「む。アルごめん」
僕のことを想って、有言実行しようとした優しい幼馴染みに、僕は素直に感謝の言葉を伝える。
「ブラン、ありがと」
「うん」
頬を赤く染めてモジモジしているブランを見つめていると、ゲオルクが割り込んでくる。
「おーっと、いくらアルとは言えそれ以上は許さんぞ。ブランのかわいい姿を見られるのは親の特権だ」
親バカだ……。
「父さま、嫌い」
そんなデリカシーのないことを言うから、ブランは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
「えっ?ブラン?」
「知らない」
「父さまを嫌い?」
「……」
「ブランちゃん?」
「つーん」
不毛な親子の攻防が始まった。
そんな虚しい親子の戦いを終結に導いたのは、絶対的強者の言葉だった。
すなわち、メイド長ディアナが両手をパンパンと叩きながら指示を出す。
「はいはい、終了。あんたらはいい加減にしな」
「「はい」」
白狼の親子が背筋を伸ばして直立する。
「だいたい、アーサーがバカなのは知ってるだろう。コイツは脳ミソまで筋肉が詰まってるんだぞ」
「ディアナちゃん、ウチの夫に辛辣ね」
「反論はあるか」
「ないけど……」
「お前ら、二人してひどいな」
「当たり前だ。子供のトラウマを治すのに秘奥魔術をぶっぱなすヤツがどこにいる?」
「…………」
「お前はバカなんだから無茶はすんな。ちゃんと専門家を呼んで診てもらえ」
「おう……」
辺境伯家当主が小さくなって気落ちしている。
「それとアル!」
「ひゃい!」
いきなり呼ばれたので、思わず声が裏返る。
「プッ……ぐはぁ!」
ゲオルクが笑いをこぼしたとたん、ディアナの平手が炸裂する。
「あんたも人の失敗を笑うなよ」
「……おう」
ディアナ、怖いよ。
そんなディアナがニッコリ微笑んで、僕に説明する。
「言わなくても分かるが、アーサーは大バカだ。でもね、あんたを想っての結果だってコトは忘れちゃならないよ」
ああ、そうか。
ディアナはディアナなりに辺境伯家のことを心配してくれているのだろう。
仮にも嫡男に火炎魔術をぶっぱなしてトラウマを悪化させたなんて、下手すればお家問題にも繋がりかねないほどの大事件だ。
だからそれは理解しろとわざわざ釘を差したわけだ。
僕は大きく頷くと答える。
「分かったよ」
「ならば良し」
そう言って、ディアナが優しく微笑んだのが印象的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます