第173話 一発必中(いっぱつひっちゅう)

 必殺技。


 それは幼い少年の心を揺さぶるパワーワードだ。

 どんなに劣勢でも、その技さえ使えば形勢逆転。

 スペ◯ウム光線やライ◯ーキック。

 前世の僕は、幼い頃からそんな必殺技に胸を躍らせていたひとりだった。


 ある日、前世の僕はひとつの疑問を口にした。


――――どうして最初から必殺技を使わないの?


 そうしていれば、殴り合いをして自分が痛い思いをすることもないし、いつエネルギー切れになるか分からないほど追い詰められることもないのにと思ったことがキッカケだった。


 そんな僕の疑問に答えてくれたのは、前世の父親だった。

 昭和生まれの父親は、こよなくヒーローや戦隊ものを愛する人だった。

 僕を昭和のヒーロー好きに教育したのは彼で、もしかすると僕が消防士という人助けを生業とする職業に就く原点は、そこにあったのかも知れない。


 そんな父親は、僕の頭にポンと手を置くと持論を語ってくれた。


「だって、まだ敵の体力があるうちに、あんな大技を使ったら避けられちゃうに決まってるじゃないか」

「おおっ、確かに……」


 僕がその説明に納得すると、前世の父親は得意げに話を続ける。


「力◯山の空手チョップやアン◯ニオ猪木の延髄蹴りなんてその最たるものだよ。いきなり初手から繰り出したんでは効果も薄いし、第一興醒めだろ?」


 ヒーローものだけでなく、黎明期までフォローしているプロレス好きの父親はそう力説していたものだ。



「今ならなんとなく理解できるかな…………」



 転生した僕が、そんなことを思い出したのは眼の前の光景が、今まさにそんな状況だったからだ。

 僕は魔力を回復させるために回復ポーションをがぶ飲みしながら、じっと怪獣大戦争を眺めていた。


 ブランの操る氷の巨人にボコボコにされた火の竜ファイアードレイクが、僕のいる広場に叩きつけられる。

 もうふらふらで、起き上がる体力も無さそうだ。  

 憎らしげに巨人を見上げていた竜の瞳がふと僕の姿を捉える。

 トカゲのように瞳孔が縦に長い瞳は、今度は僕を睨みつける。

 

 だけど僕は恐れることはない。

 もう竜に余力はないと知っているから。


 ゆっくりと竜へと近づく僕と視線が交差する。


 さあ、終わりにしようか。

 怪獣退治だ。


 僕は長い詠唱を始める。

 イメージを固めるためには詠唱が必要だと結論づけたほどの大魔術を展開するために。



 そしてついに詠唱が完了する。


「――――凍てつけ【摩訶鉢特摩まかはどま】」


 僕が火の竜ファイアードレイクの頭に手を触れると瞬時にして竜は凍りつく。


 【八寒地獄】の第八獄【摩訶鉢特摩まかはどま】がもたらしたのは【絶対零度アブソリュート・ゼロ】。


 摂氏セルシウス度では−273.15 °C、華氏ファーレンハイト度では −459.67 °Fのことを指し、古典力学では原子の振動が完全に止まった状態と言われている。

 もっともそれは理論上の話で、現実的にはあり得ない現象とされていたが、魔力が物理法則を凌駕するこの世界においては


 効果を発揮させるためには、僕が直接対象に触れなければならないという縛りはあるものの、原子にまで影響を及ぼすこの大魔術こそが正真正銘僕の必殺技だ。


 原子レベルで動きを静止させられた火の竜ファイアードレイクはもう二度と動くことはない。


 こうして僕とブランの怪獣退治は終了したのだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ようやく【八寒地獄】を全部出せました。

あと2話。

頑張ります。


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