第172話 水魚之交(すいぎょのまじわり)
ブランは宣言どおり、目の前の
ブランと
竜が炎を吐こうと力を溜めれば、機先を制して喉を潰す。
竜が尻尾を振ろうと身構えれば、先んじて背中を踏み潰す。
竜が爪牙で踊りかかって来れば、軽やかに躱しざまに拳でカウンターを決める。
竜の歯は砕け散り、爪もところどころが欠けている。
背骨を踏み抜いたために、動きも鈍くなっている。
もはや誰が見ても弱い者いじめの様相を呈している。
それでも、ブランは攻撃の手を緩めることはない。
ブランはアルフレッドに恐怖を与えた
★★
アルフレッドに負担をかけまいと、
竜の炎の直撃を受けて、瀕死となったブランはただただ己の無力さを嘆いていた。
最初はアルフレッドの姉貴分として、主家に生まれた少年の面倒を見ていた
炎に
異世界の知識を生かして魔術の常識を覆した挙げ句、自分にまで魔術を授けてくれた恩人。
弱者を放っておけず、無用な苦労を背負い込むお人好し。
常に共にあり、阿吽の呼吸で意思の疎通ができるほどに身近な存在。
これまでの様々な出来事が、ブランの気持ちを家族への愛から、ひとりの男としての愛へと変えていったのだ。
今となっては、ブラン自身よりも慈しむべきアルフレッドという人物。
何となくだが、彼の気持ちも自分を憎からず思ってくれていると気づいていた。
炎に身体を焼かれて薄れゆく意識の中、ブランは愛する男の期待に応えられない自分を許せなかった。
――――アル……ゴメンね。
そう詫びたとき、炎が凍る。
一面が凍りついた世界の中、薄氷を踏みしめながら現れたのは、死ぬ前に一番逢いたかった人物。
――――どうして?
こんな炎の中にやってくるなんて、と自問するブランは、思わず少年の名を呼ぶ。
「アル……………」
「待たせたな……。助けに来た」
「無茶するなよ。お前が怪我をしたら
そこにいたのは、アルフレッドでありながらアルフレッドでない人物だった。
かつて、元執事トーマスに罠にかけられ
ブランは、それがアルフレッドの前世の自我だとうすうすと気づいていた。
だが、そうとは知りつつも聞かずにはいられなかった。
「貴方は……誰?」
「俺か?俺は俺だ。ちょっと前世の性格が混じってるけどな」
「アル……なの?」
「ああ、それは間違いない。だから、安心しろ」
「ん、分かった」
「それでいい」
おそらく、誰よりも優しい彼は自分が自分でなくなるほどの恐怖を乗り越えて、自分を助けに来てくれたのだろう。
身体を癒やされた後、抱えていた少女をパウロ大司教に預けたブランは戦場へと舞い戻る。
そうして、アルフレッドが【八寒地獄】の第六獄【嗢鉢羅(うばら)】で生み出した氷の巨人と
アルフレッドとともに未来を生きるため、目の前の大トカゲを倒す。
そう誓ったブランは怒りに燃える瞳で竜を睨みつける。
「…………泣くまで殴る」
★★
こうして、竜との戦いは一方的な展開を迎えることになった。
そもそも、素のブランにすら圧倒されていたのに、同等の体格でブランと同じ動きをする巨人が相手ともなれば、竜に勝てる術はなかったのだ。
ただただ、蹂躙されて傷を増やしていく
竜は既に泣いていた。
もはや、勝ち目はないことを理解し、今は何とかして大森林へ逃げようとしている。
当然、ブランはそのことにも気づいていた。
もちろん、逃がす気はない。
今はどうやってとどめを刺そうかと思案しているところだったのだ。
そんなとき、ブランに声がかかる。
「ブラン!アイツは逃げるつもりだよ!」
それは、愛しいアルフレッドの声。
あの「俺」は、どこかに行ったようだ。
いつものアルフレッドが帰ってきたことに、微かに笑みをこぼすブラン。
どうやら、アルフレッドがすべきことは終わったようだ。
それを理解したブランは、氷の巨人に天空を駆けさせると竜の前へと回り込む。
竜の絶望的な顔という珍しいものを見たブランは、ポツリと告げるのだった。
「…………これで終わらせる」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
まさかの、四字熟語が決まらなくてこんな時間に…………。
ブランの内心はどこかで触れたいと思っていたので、ここで語ってみました。
ラストまであと3話!
次回は怪獣退治!
最後まで頑張ります。
モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。
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