第174話 辞譲之心(じじょうのこころ)

 結論から言えば、【八寒地獄】の第八獄【摩訶鉢特摩まかはどま】を展開し【絶対零度アブソリュート・ゼロ】の効果を見届けた僕は、そのまま魔力切れでぶっ倒れた。

 よくよく考えれば、【八寒地獄】は三連獄。


 さらには、転移したり、治癒したりとやりたい放題やった訳だから、そうなるのも仕方ないことだろう。


「アルッ!」


 遠くからブランの叫び声が聞こえるが、それに構う暇もなく意識を失った。


       ★★


 そして今、僕は教会に併設された看護院の一室で目を覚ましたのだった。


「アルッ!アルッ!」


 目を開ければ、こちらを心配そうに見下ろしているブランの可愛らしい顔が目に入る。


「おはよ」

「バカバカバカバカ!無理はしないって言ってたのに……」


 僕の胸の中に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくるブラン。 


 もう、ホントに大丈夫だってば……。

 単なる魔力切れなんだからさ……。


 そう思う一方で、ブランが僕を心配してくれることに喜びを感じてつい頬が緩むのだった。

   

         ★★


 僕が意識を取り戻したと聞きつけて、アグニスの街の偉い人たちが次々と面会にやって来る。


「心から感謝する。おかげで不幸な犠牲者を出さずにすんだ。ワシは、アルフレッド殿たちにどう報いればいい?」


真っ先にやって来たのは、冒険者ギルドのギルドマスターにしてアグニスの領主である

【グスタフ・フォン・アグニス】男爵。


 僕とブランは、氷漬けにした火の竜ファイアードレイクの素材を街の復興のために使って欲しいと申し出る。


「何じゃと?あれほどの竜ともなれば、莫大な額の金が動くというのに…………」

「さっきブランとも話したんです。少しでも足しになれば、と」

「少しどころか、向こう数十年は左うちわで生活できると言うのに…………」

「だったら、災害に強い街づくりに回してもらっても結構ですよ」

「おっ、おおっ。そうじゃな。うん、そうしよう。これまで以上に災害に強い街を作って見せよう。嬢ちゃんもそれでいいか?」


 グスタフさんがそう誓いを新たにした後、ベッドに腰かけて僕に寄りかかっているブランにそう尋ねると、彼女は興味無さそうに頷く。

 そもそも、僕とブランは王国で最も勢いのある【フォティア商会】のオーナーと副オーナーであるため、商会に設けた口座には利益の一部として目も眩むばかりの金貨が積み重ねられている。

 それこそ竜の素材など話しにならないくらいに。

 なので、街の復興に竜を提供してもフトコロは痛まないのだった。


「まずは街の外壁を強化するべきか……。竜の牙はギルドに飾ってもいいのう……。あとは領の施策として、燃えにくい家にするために補助金を出すか……」


 ぶつぶつと何事か呟くグスタフさん。

 きっと彼の頭の中は、この先の街の復興でいっぱいなのだろう。

 すると、グスタフさんが思いついたように顔を上げる。


「おお、そうじゃ、そうじゃ。お主と嬢ちゃんに【青焰勲章カエルレウム・フランマ・モナルカ】を贈る予定じゃ」


 満面の笑みでそう語るグスタフさんであったが、僕はそれを辞退する。


「僕は竜とは直接対峙せずに、氷で巨人を作っただけですから結構です。今回の功労者は巨人を操ったブランですしね」


 すると、そう断った僕にブランは不満そうに反論する。


「それは違う。アルがいなかったらトカゲは倒しきれなかった。アルは胸を張って受け取るべき」

「でもさあ、僕はブランが戦っている横でチョロチョロしてただけだからなぁ……」


 元日本人の悪い癖というか、美点というかは賛否の別れるところだろうけど、正直なところ僕はあまり自分の功を誇りたいとは思わなかった。

 そこで僕は断ったのだけど、どうやらブランにはそれが不満のようだ。


「アルは自分を過小評価してる。誰も死ななかったのだって、アルが必死に救助したり、避難訓練や街づくりをしたりしたからなのに……」

「いや、それは職務みたいなものだしね……」


 前世が消防士だった僕としては、それは当然のことだと思うしね。

 そんな気持ちをブランは理解してくれてるのだろうと思った僕は、あえてそれ以上の理由は告げることなく話を終わらせる。

 するとブランは頬を膨らませて、自分も褒賞はいらないと断るのだった。


      ★★


 そして、それが起きてしまったのはグスタフさんが帰った後に、パウロ大司教がやって来てからのことだった。


「まずは無事でホッとしましたぞ」


 そう切り出した大司教は、続けてブランが預けた女の子についての現状を教えてくれた。


「あの獣人の女の子は、教会で育てることにしました。聞けば、違法奴隷商人たちが獣人の里を焼き払って子供たちを浚ってきたようでしてな……」

「ひどい……」


 改めて聞いた少女の境遇に、思わずそんな言葉が漏れる。


「奴隷商人たちは……」

「そっちは、街を出ようとしたところを領兵たちが捕まえてくれましたのじゃ。グスタフ殿も激怒しておりまして、背後関係までしっかりと吐かせると約束してくれました」

「さっきは、そんなこと話してくれなかったのに……」

「ホッホッホ……、まぁ、病み上がりのアルフレッド様に無粋な話は聞かせたくなかったのではないかな?」


 グスタフさんの気持ちをそう慮ったパウロ大司教に、ブランが突っ込みを入れる。


「…………ヒゲ爺はそうじゃないの?」

「ホッホッホ……、儂は何も知らない方がアルフレッド殿は気をもむじゃろうと判断してのことじゃ」

「…………なるほど」

「これでも、グスタフ殿よりは長い付き合いですからな」


 そう言って満足そうに微笑むパウロ大司教。

 すると彼は、僕とブランにひとつの提案を持ちかけてきた。

 それは、僕らふたりを聖者、聖女として認定するというもの。

 竜の襲撃から、誰ひとり犠牲者を出さずに人々を守りきったことがその理由だとか。


「それに、竜と巨人の戦いを見た者たちが口々にそれを奇跡だと騒ぐものでしてな。教会としては、何らかの対応をしたと対外的に示したいのですじゃ」


 そんな提案であった。

 大司教が言っていることは理解も出来るのだが、やっぱり気乗りしない。 


 そこで僕が、何だかんだと理由をつけてその提案を断わると、やっぱりブランが不満げな態度になる。

 炎が苦手で、ずっと軽んじられてきた僕の評価を高めたいブランの気持ちはよく分かるんだけど、どこか気恥ずかしさがあるんだよね。


 そんな説明をするが、ブランは聞き入れてくれない。

 そればかりか、互いに譲らずに口論となってしまう。


「どうして分かってくれない!!」


 その結果、ブランはその大きな瞳に涙を浮かべながら、病室を飛び出して行くのだった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


え~、事務連絡です。

一話増えてしまいました。

最終回まであと二話(の予定です)



最終回前だというのに、このふたりはどうしてケンカしてるのでしょうか?

どちらも譲れない思いがあるのでしょう。


次回をお待ち下さい。


モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る