第35話 鎧袖一触(がいしゅういっしょく)
「良しッ!」
僕は9歳になった。
そして、たった今、父さんに模擬戦で勝利したところだ。
目の前には【八寒地獄】の第一獄【頞部陀(あぶだ)】で周囲を氷の礫で取り囲まれた父さんがいる。
確かに未だに僕は炎にトラウマがある。
勝負をするにあたり、父さんに八熱地獄、いや簡単な炎の魔術ですら使われた時点で僕の負けは確実だ。
それなら、炎が嫌ならその前に勝負を決めちゃえばいいじゃない。
ということで、僕はこれまでに無詠唱での魔術を磨いてきた訳だ。
しかし、それだけでは不十分なのだ。
下手な魔術を放っても百戦錬磨な父さんであれば、それらをやり過ごして反撃してくることも十分に予想できたから。
つまり、僕の勝利条件は、初手で父さんに負けを認めさせるほどの大魔術を放つ必要があったのだ。
そうして今、父さんに照準を合わせているのが、氷雪魔術の秘奥魔術にあたる【八寒地獄】であった。
どうだ見たか!
「なんだ、それは……」
僕の無詠唱魔術を初めて見た父上は、眼を見開いて驚いている。
「ほほほほっ、流石はワシの孫じゃ。ムコ殿も息子の前ではタジタジですなぁ。アルや【クリーク】家に来んか?侯爵位をやるぞ?」
ドサクサに紛れて、父さんをこき下ろし、僕を勧誘しているのが母方の祖父【ブルック・フォン・ヴィンター=クリーク】侯爵だ。
祖父はかわいい娘を父さんに取られたことを未だに根に持っており、何かあるごとこき下ろす。
うちの父さん、実の父にも義理の父にも敵対されてるな……。
祖父は父さんを目の敵にしているものの、僕や三年前に生まれた妹のことは目の中に入れても痛くないらしい。
今回、僕が父さんと模擬戦をするのに、その協力をお願いしたところ、快く了承してもらったという経緯がある。
祖父には、僕が無詠唱で魔術を展開できること、僕があらゆる魔術(炎は除く)を使いこなせることは事前に伝えてある。
その上で、現在は失伝した最上位の氷雪魔術である【八寒地獄】の資料を集めてもらっていたのだ。
最上位魔術には、最上位魔術で対抗しなければ勝ち目はないだろうということで、僕はここ数年、失われた八寒地獄の再現に勤しんでいた訳だ。
要は、資料からイメージを作り上げ、戦いで使えるように調整したのだ。
だから厳密には、八寒地獄の復活とはいかないまでも、それに近いものはできたと自負している。
「ほほほっ、しかし、本当に失伝した八寒地獄を再現するとは、もはや王国最強と言われても誰も文句は言うまいて」
「お父さま、アルを唆すのは止めて下さい。アルはまだ子どもですよ。それにしても、改めて見ても無詠唱って反則よね……」
喜ぶ祖父を母さんがそう嗜めている。
母さんにも以前、一緒にとある問題を解決した際に、僕が無詠唱で様々な魔術を使えることは知られている。
そこに、父さんがやって来る。
「いやぁ、参った参った。俺の魔術を発動前に潰せるとはな。無詠唱だと?しかも、八寒地獄の復活のおまけ付き。完敗だ」
負けたくせに呵呵大笑だ。
そんな父さんは、この結果にあまり驚いていない母さんの様子を不審に思いふと尋ねる。
「アンナ、お前はアルが無詠唱で魔術を使いこなせることを知ってたのか?」
「知ってましたよ」
「なら、何で黙っていたんだ……」
父さんは、母さんが僕の秘密を知っていて黙っていたことにショックを覚えているようだ。
「あら?お腹を痛めて産んだ子が、打倒父親だと頑張っているのを邪魔する母親がいると思いまして?」
「……そうだな」
父さんは、母さんの言い分を受け入れてしまい、ガックリと項垂れる。
「まあ、妻に裏切られたのは仕方ない」
「あら心外な。これは妻からの夫への愛の鞭ですわ。まだまだ頑張らないといけませんわね」
「ふむぅ……。それにしても、息子がここまでの使い手になるとは。これはプレセア殿のおかげか?」
だが、すぐに気持ちを切り替えた父さんは、模擬戦を見守っていたプレセア先生に振り返って尋ねる。
「いえ、全てはアルフレッド様自身でお考えになったことです。その優れた発想は、これまでの魔術界の常識を破壊するほどのものです。おかげで私も【詠唱破棄】を取得することができました」
「詠唱破棄だって?」
「はい、アルフレッド様の発案どおりにしたところ、先日ついに詠唱破棄に至りました」
「何だと?アル、それは本当か?」
「いえ、確かではありますが、全て僕だけの力ではありませんよ。先生のご指導とご協力があったからこそです」
つい、そうやって謙遜してしまうのは、元日本人の性だろうか。
「そんなことがあったとは……どうして今まで隠していたのだ?」
「今日、父さんに勝つためです」
そう断言すると、父さんは一瞬驚いた表情をするが、再び大笑いする。
「いやあ、参った。アル、頼む。私にもその知識を授けてくれ」
「もとよりそのつもりでした」
「うむ。楽しみにしてる」
父さんの屈託のない笑顔を見ると、やっぱり魔術が好きなのだなと感じる。
こんなところは親子なんだなと思う。
知らない魔術や、見たこともない現象を見るとワクワクするもんね。
僕たち親子がそんな会話をしていると、訓練場の奥からも敗北を認める声が聞こえてくる。
「ワァァァァァァ!オレの負けだ!ブランちゃん、ブランちゃん、頼むから竜巻は止めて」
ブランも父親のゲオルクと模擬戦の真っ最中だったのだか、あちらもどうやら結果が出たようだ。
「むん」
ブランは父親の敗北宣言を受けて、最近うっすらと膨らんできた胸を張り、僕に向けて親指を立てた拳を向ける。
「いやあ、驚いたね。あの娘が魔術を使うとは。しかも詠唱破棄だって?あれもアンタの仕業かい?」
メイド長のディアナが、僕の頭にポンと手を置いてそう尋ねる。
「僕は力を貸しただけだよ。あとは本人の努力」
「いや、それでも大したものだね。ここに獣人初の魔術師が誕生したワケだ」
「すごいよね」
「どれだけあんたと一緒にいたいんだって話だ」
「それじゃ、そっちも」
「ああ、認めざるを得ないか。あとは任せたよ」
「任せてよ」
そんな話をしていた僕のところに、妹の【アリア】がピョコピョコとまるでヒヨコのように近づいてくる。
今年で3歳になるアリアは、僕と同じく真紅の髪で、目鼻立ちは母上そっくりでまるで人形のようだ。
話がそれるが、僕もどちらかと言えば母上似なので、いわゆるイケメン枠に片手をかけている。
閑話休題。
「にいたん、おめでとー」
アリアは舌っ足らずにそう言って、椅子に腰掛けた僕の膝に乗ってくる。
もう、鼻血が出そうなほどカワイイ。
お兄ちゃん、妹を守るためなら頑張っちゃうよ。
妹に手を出したければ、この僕を倒せるくらいになってもらわないとね、ふふふ……。
すると、戻ってきたブランがアリアに対抗心を燃やす。
「アリア、そこをどける。アルの膝の上は私の席」
「いやです~、にいたんはわたしのです~」
「むう。アル、きちんとそこは私と言う」
「えぇ~、迷うなぁ」
「そもそも、勝利してきた私にかける言葉は?」
「お疲れさま。よく頑張ったね」
そう言って僕はブランの白く透けるような髪を撫でる。
すると、そこに無理やりゲオルクが割り込んでくる。
「そこまでだ。アル、これはどういうことだ?何でブランちゃんが魔術を使える?説明しろよ」
「……風よ吹け【旋風(シュトース)】」
「なっ!?おおおおおおお!」
だが、彼は早々にブランの魔術で飛ばされる。
「続ける。ジャマ者は去った」
頭を撫で続けることを要求する幼馴染みに、僕は苦笑いを浮かべつつ従うのであった。
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