第36話 前途洋々(ぜんとようよう)

 場所を本邸の主賓室に移して、僕はこれまでの種明かしをする。


 魔術の根底を覆す話のため、部屋にいるのは、僕の家族と、ブランの家族にプレセア先生。

 そして、母方の祖父であるブルックだけである。



「すると、本来は魔術に呪文は不要だと言うのか?」


 王国随一の魔術師と言っても過言ではない父さんが眉間にシワを寄せてそう詰め寄る。


 僕はその圧に負けそうになりながらも、何とか答える。


「ええ、イメージに合わせて魔力を練り上げるだけですので、それが出来れば不要かと。ただ、ある程度のイメージを定着させる切っ掛けとして、ごく短い詠唱や、魔術名を告げることもひとつの手段かと思います」

「そんなことが……」

「ええ、実際にブランもそれで魔術が使えるようになったわけですし」


「そうだ、何でブランちゃんが魔術を使えるんだよ」


 そこにゲオルクが割り込んで来る。

 ずっと聞きたかったのだろう、ちょっと目が血走っている。

 僕は、父さん以上の圧に思わず身をそらす。


「そもそも、獣人は無意識で魔術を使ってるんですよ」

「何?」

「名付けるなら【強化(ファスターク)】ってとこですかね」

「何でそんなことが分かるんだよ」

「だってブランなんて、僕よりも腕が細いのに、軽々と物を持ち上げるんですよ。しかも、ディアナなんて空を飛ぶし」

「お前、そうやっていつもいつもいやらしい目でブラン……おごっ!」


 余計なことを言おうとしたゲオルクがディアナに殴り飛ばされる。


「アル、続きだ」

「……ええ、僕は獣人が本来の筋力以上の力を発揮できるのだとすれば、それは魔力によるものだろうと見当をつけたわけです」

「その結果がこれと……」

「ええ。そのとおりです」

「じゃあ、アタシにも魔術が使えるのかい?」

「使えると思いますよ。ただ、今まで獣人は魔術が使えないって先入観があったので、それをどこかで払拭する必要がありますが」

「自分も魔術が使えるって信じなきゃいけないわけか」

「ええ、それもイメージの一環ですかね」

「それで、ブランはアルの言葉を信じたから、魔術が使えたと……」

「実際に僕が無詠唱で魔術が使えたので、信憑性があったんでしょうね」


 僕がそう答えると、ディアナは鼻を鳴らす。


「ハン、愛だねえ」

「うん」


 ブランも真顔で頷くものだから、僕も思わず顔が火照ってくる。


「にゃんだと、そんなこと許……痛い!」


 ゲオルクが立ち上がって何やら叫ぶも、今度はブランに蹴られる。

 哀れ……。


「ほほほほほっ、それにしても、そんな重要なことをワシらに話しても良かったのかのう。こりゃあ、魔術の歴史が変わるぞい」

「ええ、大丈夫です。ここには信頼できる人しかいませんので、ね?」


僕がそう断言すると、とたんに場の雰囲気が和らぐ。


「アルの期待には、応えないといけませんね」

「アルフレッドは人たらしの才能もあるようじゃて」

「お父様、そこまででお願いしますね」

「なに優秀な若者たちがおって妬ましい限りじや。それで、辺境伯家ではアルフレッドをどうするつもりじゃ?」

「お父様!」


 火炎魔術が使えないだけで、僕が次期当主から外されたとの噂があることについて思うところがあるのか、祖父がチクりと釘を刺す。


「もとより、アルを後継者にするのは決定事項ですよ。こんなに優秀な人材を流出させるなど愚の骨頂です。なんなら、当家の秘奥魔術を【八寒地獄】にしても良いくらいです」

「ほほほほほほっ、なんとも男気がある答えじゃ。ムコ殿のくせに。しかし、そのセリフは落ち目の北伯にも聞かせたいことよ」


 祖父が話題に出したのは、北部の【ギュンター辺境伯】のことだ。

【北域守護】として代々、氷雪の秘奥魔術を継承してきた一族。


 だが、数代前に領内で大々的な反乱が発生し、幼い嫡男を残して一族ことごとくが戦死するという悲劇が起きる。

 そのために、秘奥魔術は失伝。

 北部の雄としての立ち位置も揺らぐことになってしまったという。


「いや、でも北伯はその分経済に力を注いで、今や王国でも有数の商圏の中心ではありませんか」

「力が無いなら金を使って抑止するというのも悪くはないのだがな……あんな金で集められただけの、数を頼りにする兵士たちに何を期待すれば良いのかと思わねばならないのだよ」


 南北の辺境伯は国の要であり、他国から攻められた場合には、独自に持つことを許されたそれぞれの領軍で対処することが認められている。

 北部貴族である祖父は、それが物足りないと言っているのだった。


 なかなか難しい問題だと思うが、それはそれとして切り替えることにしよう。


「それでは、父さん母さん、約束どおり冒険者になることは認めて下さいますね」

「むう……」

「貴方、自分から言い出したことですのよ。それに、無詠唱の魔術師をどうこうできる人物がいると思いますか?」

「それもそうか……」


 どうやら母さんは、僕の希望を後押ししてくれるようだ。


「冒険者になるには少なくとも10歳からだぞ。それにお前は13歳になれば王立学院に入らなければならないんだぞ」

「それまでは、もっと自力を高めるように努力しますし、学業と両立出来るようにがんばります」

「学院に入っても冒険者は続けるのか?」

「はい」


 僕の答えにアタマを抱えつつも、何とか父さんは僕が冒険者になることを認めてくれた。


「ほほほほっ、そのうちワシの領地にも来るといい」

「はい、魚醤や海の幸があると聞きましたので是非」


 祖父のそんな言葉に、僕はハッキリと答えるのだった。


「父様、母様……それじゃ私も」

「やっぱり、ダ。ブランちゃんは……なっ、何をする!ぐっ……」


 性懲りもなくブランを引き留めようとするゲオルクが、ディアナに絞め落とされる。


「ブラン、ダメ親父は無視していい。アンタは自分の思うとおりに生きるんだ」

「……分かった」

「アル、ウチの娘を頼むよ」

「任せて下さい」

「むっ、面倒見るのは私の方」


 ブランが不満気にそう答える。

 どこからともなく上がった、優しい笑いに主賓室が包まれる。


 こうして、僕とブランが冒険者になることを認めてもらったのだ。



 

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