第176話 論功行賞(ろんこうこうしょう)
僕は全身真っ白のスーツ姿、ブランは純白のドレス……前世で言うところのAラインドレス姿で、大聖堂や教会群の再お披露目に臨んでいた。
どこの新郎新婦だよと思わなくもないが、周囲が盛り上がり過ぎて歯止めが効かなくなっていたのだ。
僕が報奨や称号を受けると決めたとたん、それを聞き付けた【フォティア商会】のクレアが何かと準備を始めてしまったのだ。
ブランのドレスは、以前に僕が前世の記憶をもとに案を出していたものだった。
いつの間にか製品化していたとは……クレア、恐ろしい子……。
式典が始まり、僕とブランは名前を呼ばれて演説台へと歩を進める。
この後、領主からは勲章を、教会からは聖人の称号を受ける予定だ。
グスタフさんや、パウロ大司教から提案されたものを全て受け入れることにしたのだ。
あちこちから、好意的な声が上がる中で、僕は先日のブランとのやり取りを思い出していた。
★★
あの日―――僕とブランが報奨を受け取るか否かで口論となった日。
僕は看護院の部屋を飛び出したブランを追いかけた。
もう、ブランの姿かたちも見えないが、こんなときの彼女の居場所は予想がつく。
昔から嫌なことがあると、手近な建物のうち最も高いところの屋上で空を眺めるのが、彼女自身の気持ちの整理をつけるやり方だった。
なので、この近くで最も高い建物を探せば……と、周囲を見回せばそこには遥か高くそびえ立つ監視塔があった。
おおう……、ずいぶんと高いところに昇るねぇ。
果たして、僕がにらんだとおり監視塔の屋上にブランはいた。
ただでさえ小柄な身体をさらに小さくして、ずっと涙を流していた。
「さすがに病み上がりで、
そうブランに呼び掛けると、彼女は一瞬だけ身体を強ばらせたが、すぐに僕に背を向けてしまう。
完全にすねてしまっている。
参ったなぁ、ここしばらくこんなにご機嫌斜めにしたことなどなかったのに……。
そこで僕は、弱々しく見える少女のその背中に向かって優しく声をかけることにした。
「知ってのとおり、僕はさ前世の記憶もあるんだよ。でね、僕の前世ってどちらかと言えば自分の功績を高々と喧伝しないことが美徳とされていたんだ」
そう説明すると、それまでずっとしゃくり上げていたのが止む。
ブランが泣くのを止めて耳を傾けてくれたのが分かった。
「もちろん、全部が全部その美徳に従っている訳じゃないよ。中にはあえて自分の功績をアピールする人もいる。だけどさ、僕は公務員……人のために働く職場にいたから、やるべきことをやっただけ。高らかに喧伝しないことが当然だと思っていたんだ。確かにさ、世界も生まれも異なるのにそんなことを言っていた僕が悪いよね。ホントならこの世界の基準で考えるべきだったよ。ゴメンね」
そう声をかけると、ブランが何事か呟く。
「…………えっ?ゴメン、もう一度お願い」
「―――じゃないの?」
「ゴメン、よく聞こえないや」
あまりにもその声が小さすぎて、僕の耳には届かなかった。
僕が謝罪してもう一度とお願いすると、ブランは僕に振り返ると大声で自分の心情を吐露する。
「どうせいなくなるから、周りの評価を気にしないんでしょ!」
ああそうか…………。
流れる涙を拭いもせず、そう叫んだブランの姿を見て、ようやく僕は彼女が何故評価にこだわるのかを理解した。
僕があまりにも自分への評価や評判に無頓着過ぎたから、いずれはもとの世界……前世の日本へ戻ると思われていたのだ。
「どうせ帰るなら、この世界の評価なんて必要ないもんね!」
小さな身体を震わせて、そう続けたブランの姿は、捨てられた子猫のようにどこか弱々しく見えた。
そんなブランを僕は衝動的に抱き締めた。
「ブラン、断言するよ。僕はもとの世界には帰らない。僕が生きるのは、ブランや家族、仲間たちのいるこの世界だ。ずっと……ずっとここにいる」
「…………ホント?」
僕の腕の中でそう尋ねるブラン。
僕は腕の力をさらに強めることで肯定の意味を伝える。
「ホント。それでも心配なら、ブランが僕を一生この世界に引き留めておいてくれればいい」
「…………えっ?」
「ずっとブランと一緒だったから、もう自分の半身だと思ってる。もう、離れられないって思ってる」
「…………………」
「だから……」
「…………………」
「まだ、早いけど……成人したら……大人になったら……結婚しよう」
その瞬間、ブランの尻尾がピンと伸びきった後、左右にブンブンと振れ始めた。
それだけで、答えは分かった。
良かった……断られたらどうしようと思っていたよ。
ブランの姿を見てとっさに口に出てしまったけど、これはずっと考えていたことだ。
もう自分の半身とまで言いきれる存在は、他人じゃないしね。
「ブラン……愛してる」
泣きじゃくるまで僕のことを心配してくれたブランのことがさらに愛おしくなった。
おそらく、僕の顔は真っ赤だろうな。
すると、ブランはゆっくりとうなずくと、僕の告白に返事をくれる。
「私も……愛してる」
恥じらったような小さな声が僕の耳朶を打つ。
その瞬間、僕の中で何ものにも代えがたい喜びが爆発する。
まるで天にも昇る気持ちとはこのことだ。
―――――――――!!!!!!!!
もはや、その嬉しさを言葉に言い表せないほど。
が、次のブランの言葉に僕は現実に引き戻される。
「……だったら母様を倒せるようにならなきゃね」
「……………………へ?」
聞けば、獣人が結婚する際には妻の両親を倒す必要があるらしい。
「……………………え?」
力こそが全てと豪語する獣人らしく、妻を守れるとその両親に示すという意味合いのようだ。
僕は頭の中をフル回転させる。
父親の脳筋ゴリラ――ゲオルクは何とでもなる。
だが、母親のディアナだけは無理だ……。
どうする?
泣き落としでもしてみるか?
いや、それだとさらにキレられる未来しか見えない。
僕がブランのひとことで動揺していると、腕の中の少女がクスリと笑う。
「まだ、時間はあるから……一緒に作戦を考えよ」
その言葉に僕の心が軽くなる。
そうだよね。
今、言ったばかりじゃないか。
僕はひとりじゃない。
「そうだね。魔王並みに強敵だけど、ふたりならやれないことはないね」
「うん」
僕はブランとともに笑いあう。
こうして、僕の一世一代の告白は終わったのだった。
後日、このときのことを思い出すと羞恥心で身悶えするのは仕方ないことだろう。
僕はこの世界で生きていく。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
描きたいことは書けた気がします。
いよいよ次回が最終回。
長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
あと一話。
ご期待下さい。
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