第177話 波乱万丈(はらんばんじょう)

「じゃあ、そこの荷物を馬車に積んじゃって下さい」


 【フォティア商会アグニス支店】を任されている【ロイド】の快活な声が街中に響き渡る。

 ここは、ロイドの店の前。

 旅支度を整えた三台の馬車が並んでいる。


「「「「はいっ!」」」」


 ロイドの指示にキビキビと従っているのは、かつて【輝道の戦士】 というパーティーを組んでいた孤児院の子供たち。

 昔の教会跡地に建てられた【養成学校】で商売について学んでいた彼らは、その一生懸命な姿を見出だされ、ロイドの商会で見習いとして働くことになったのだ。

 

 そして、この場にはもうひとり商会の従業員がいた。


「ああ、【アリシア】さんは積み込む荷物の在庫を照らし合わせてもらえるかな?」

「はいっ!」


 この街でも有数の酒場『かがり火ファッケル』の看板娘だったアリシアである。

 何を思ったか「私は独り立ちする!」と宣言した彼女は、いつの間にかロイドの下で働いており、しかも…………。


「ああ、アリシアさんはそんなに重いものを持たなくても……」

「いえ、私は商会長の役に立ちたいんです」

「アリシアさん……」

「会長……」


 何がどうなってそうなったかは分からないが、どうやらふたりはいい仲のようで。


「兄貴~ッ!旅の準備をしてきたぞ!」


 ロイドとアリシアの甘い雰囲気を【蒼穹の金竜】の【ソウシ】の大声がぶち壊す。

 ソウシ……グッジョブ!


 ソウシの後をついて、孤児院の冒険者パーティーである蒼穹の金竜と【反逆の隻眼】の面々がゾロゾロとやって来る。


「どれどれ、ちゃんと先を見越して準備できたかな?」


 これから僕たちは、王国北部へ商売に向かうロイドたちの護衛として、旅に出るところであった。


        ★★


 僕とブランがアグニスの復興に役立てばと譲った火の竜ファイアードレイクの素材は、噂を聞きつけ飛んできた【フォティア商会】の【クリフ会頭】が、金貨の袋で頬をぶん殴るかのように圧倒的に豊富な資金でこれを落札した。

 それは勇んでやってきた他の商会が憐れなほどに。

 初手からとんでもなく高額なコールをしたクリフ。

 まさか、競り合わない競売を見るとは思わなかった。

 一瞬にして静まり返った会場に、僕とブランは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「そんなに高く買い取ってくれて大丈夫なの?」


 そう尋ねた僕に、クリフは悪い笑みを浮かべて断言する。


「適材適所ですよ。王国北部には存在しない竜ですからね。あっちで売れば最低でも倍にはなりますね」

「マジかよ……」


 落札した竜を前にして、そう高笑いをするクリフの背中を見て、僕はなんて恐ろしい子だと戦慄する。


 まあ、そんな訳で火の竜ファイアードレイクの素材を王国北部へと持ち込んで販売することが決まったのだ。

 僕の【転移(メタスタシス)】でワープ出来れば良かったのだが、残念なことに王国北部はまだ未踏の地だ。

 その近くへも転移する目印が無い。


「だったら、ロイドに隊商キャラバンを任せますので、その護衛をお願いしてもいいですか?」

「…………護衛?」

「アル様たちが昇格するのには、何らかの護衛を経験しないといけないんですよね?」


 そう言えば、僕とブランがBランクに昇格するには護衛の経験が必要だとか言ってたな……。

 僕がそんなことをボンヤリと考えていると、クリフは満面の笑みで続ける。


「せっかくだから、ロイドにいろいろと叩き込んでやって下さいよ」

「でもさ、自分がオーナーの商会の護衛を自分がやるの?それってアリなのかな?」

「さっき、冒険者ギルドに確認しましたが問題はないみたいですよ。ってか、そもそもそんなことは最初から想定はされてなかったみたいですね」

「それを『マッチポンプ』って言うみたいだよ」

「いいじゃないですか、絶対に悪い評価は付きませんよ」

「そりゃあ、そうだろうけどね。でも、ロイドを旅に出すなら、こっちの店はどうするの?」

「ああ、そっちは私と一緒にきた連中に任せますよ。この店だとちょっと足りないところがあるので、そこをテコ入れしようかと思いますので……」


 どうやら、そっちが本命かな?

 ロイドが不在のうちに、店として足りない部分を、経験豊富な連中で調整しておくといったところか。


 さすがはクリフ。

 こうなることを予想していたかのように、準備は万端だ。


 そんなやり取りがあって、僕たちもロイドに同行することが決まった。

 ただ、さすがに僕とブラン2人で隊商キャラバンを守るのは手間がかかる。

 そこで、冒険者ギルドに相談したところ期待の若手を紹介してくれることになった。


 そしてやってきたのが、よく見知った『蒼穹の金竜』と『反逆の隻眼』の面々であった。

 聞けば、ソウシたちは養成学校でも上位の実力があり、次代の希望とも呼ばれているとか……。

 マジかぁ……。


 まぁ、まったく知らない者と旅をするよりはマシかなと考えを改める。


 とにかく、こうして僕たちはロイドたちとともに王国北部へと旅立つことになったのだ。


        ★★


 そして僕たちは今、旅の準備に向かわせたソウシたちの荷物をチェックしていた。


「食べ物ばっかりで、回復薬ポーションはどうしたよ?」

「だって、兄貴や姉御もいるから……」

「僕たちがいることを前提にするなっていう言ってたよね?」

「いや……でも……」

「仮に僕たちとはぐれたらどうするんだよ」

「ああ、そうか……」

「だから、先々のことを予想しろって言ってたよね」

「ううう…」

「はい、ダッシュ!すぐに教会に行って買っておいで」

「えええええ~、面ど……」

「ブラン」


 僕がブランの名を呼ぶと、今さら買いにいくことを渋っていたソウシの背筋が伸びる。


「ん?殴っとく?」

「わっかりましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そんなブランのひとことに、脱兎のごとく走り去るソウシ。

 うん、逃げたな。


 僕とブランが笑顔でそんなソウシの背中を見送っていると、そこにアリシアの声がかかる。


「ちょっと、あんたたちも少しは手伝いなさいよ。護衛だからって暇じゃないのよ」


 今回、かなりの品目を王国北部に持っていくことになったので、そのチェックで目を回していたアリシアが暇そうにしている僕たちに呼びかけたのだった。


「どうする?」

「ん~」


 僕たちがどうするかと話し合っていると、そこに大慌てでロイドがやって来る。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ア……アリ……アリシアさん、その……そちらの方々はダメです……」

「どうしてですか?暇そうにしているんだから……」

「いや、違う。違うんですよ」

「何がです」

「そちらの方々はウチ……ウチの商会のオーナーと副オーナーなんですよ。だから、手伝ってもらうのはおそれ多い…………んです」

「はぁ?何ですかそれ?ブランたちってロイドさんのお店のオーナーなんですか?」


 急に告げられた事実に、アリシアはビックリした表情で問いかける。

 すると、アリシアへの答えはさらに想像を上回るものだった。


「い……いや、【フォティア商会】のです」

「「「「えええええええええ!!?」」」」


 その言葉を聞いた全員が驚きの声を上げる。


「ウソ……」

「【フォティア商会】って王国内でも有名なとこよね」

「実は、兄貴たちってものすごいお金持ち?」

「よく考えたら、教会の件もポンとお金を出したよな」

「そう言えば、竜の素材だってアル様たちが寄付したって聞いたわよ……」


 とたんに挙動不審になる、冒険者と従業員たち。

 フッフッフ……、驚いたかね?


「姉御ッ!それってホントなのか?」


 反逆の隻眼のルルが、その真偽を近くにいたブランに尋ねる。

 すると、それに答えたブランがさらに大きな爆弾を投下する。


「間違いない。私が副オーナー。そして、言っておくことがある。これからは、私のことを『姉御』じゃなくて『若奥様』と呼ぶこと」


「「「「「「「「ええええええええええええ!?」」」」」」」」


 ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください、ブランさん。

 どうしてそんな話を始めるの?


 何故か得意気にそう告げたブラン。

 すると、アリシアを始めとした女性陣が一気に沸き立つ。


「ブラン!ちょっ、ちょっとそれって何よ!?」

「お姉さま、ついにアル様と……」

「うそっ、いつ」

「プロポーズの言葉は……」


 ブランを中心に集まる少女たち。

 ロイドたち男性陣も何か言いたげにこちらを見ている。

 ここは、ガセ情報を否定しなきゃと慌ててブランに声をかける。


「いや、まだ先の話だよね」

「先に結婚しちゃえば問題ないって言ってた」

「誰が!?」

「ビゲ爺」


 パウロ大司教だ!

 先日、聖者の認定を受けたときにブランと何事か相談していたがこれだったか!

 何が「新郎新婦のようじゃな」だ。

 もう、結婚させる気満々だったんだ。


 聖者と聖女の婚姻を仲立ちしたとなれば、さらに箔がつくことを見越して…………。

 さすがは、魑魅魍魎が跋扈する教会内部でのし上がってきた人物だと感心しつつも、手のひらの上で転がされた感が否めずに悔しく思う。


「だから、届出はしておいた」

「……………………はぁ?」

「教会に受領されたよ」

「いつ?」

「昨日」

「え、え、え、え?僕、何も書類は書いてないよね?」

「ん。だから代筆しといた」

「うええええええええええ!?それってダメでしょ、書類の偽造とかになるんじゃ……」

「ヒゲ爺は大丈夫だって言ってた。取りあえず、成人するまでは教会預かりだって」

「……………………ああ、そうね」


 まさかの入籍予約。


 いや、嫌じゃないよ。


 嫌じゃないけどさぁ、こういうのってもっといろいろとやるべきことがあるんじゃないからなぁ。


 そんな慌てる僕の様子を見て、周りから優しい笑い声が巻き起こる。


「兄貴の慌てるところを初めて見た」

「なんか、こうしてみると年相応でかわいいですね」

「英雄も奥さんの尻にしかれる、と」

「ソウシ、よく言った」

「あざっす!」

「いやいやいやいや、ブランさん。よく言ったじゃないからね……」


 僕がせめてもの抵抗だと、ブランに苦言を呈するが、聞く耳をもってくれない。

 ブランの尻尾は今までにないくらいに揺れていて、とても機嫌がいいのだと分かる。


 この小悪魔的な少女は、どこまで僕を振り回してくれるのだろうか。

 告白をした日から、ホントに遠慮がなくなった気がする。


 …………まぁ、これもまた僕が選んだ人生だ。


 暖かい笑い声が響く空の下、僕はひとつため息をつくとみんなに告げる。


「ほら、いつまでもバカな話をしてないで、さっさと出発するよ」


 ホントならロイドのセリフなのだろうが、もうオーナーだと隠すつもりはないし、この針の筵の状態から逃げるためなら、何でも利用してやるよ。

 僕は暗い笑みを浮かべながら、その場のみんなを急かすのだった。


 こうして僕たちは旅立った。


 これからも苦しいことや悲しいことが待ち受けているだろう。

 でも、それ以上に楽しいことや嬉しいことが待ち受けていると信じて歩んでいこう。


 僕はこの世界で生きていくと誓ったのだから。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ソウシ「置いていかれたぁぁぁぁぁ!!」



※連載再開につきコメントを削除しました。


これからもよろしくお願いします。

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