閑話 謹賀新年(きんがしんねん)

 まだ、ロイドの護衛として旅に出る前のこと。


 僕とブランは、新しくなった教会で新年を迎えていた。


 最近の教会……正しくは【神聖サンクトゥス教会】は、ヒゲ爺ことパウロ大司教の指導のもと、レナやミクも携わる治癒部門と卵やマヨネーズと言った商品を扱う商業部門、恵まれない子や虐げられている者たちを救う福祉部門に分かれて活動を行い、着実に信徒を増やしているとのこと。

 また、それに伴って収入も爆増し、孤児院の運営も上々らしい。


 孤児たちにはキレイな服を着せ、十分な栄養を摂らせることが出来るようになったと 修道女シスターのジュリアさんは涙を流して喜んでいた。


「よっ、はっ、ほっ、はっ、そいやっ!」


 そして今、僕はブランと一緒に「餅」をついている。

 杵を振り下ろすブランに合わせて、餅をひっくり返す僕。

 自画自賛になるけど、なかなか息が合っているんじゃないかな?


 えっ?

 杵を持つ者が逆?


 フッフッフ……、そんなことを思ったこともありました。

 でもね、身体強化の魔術を使った僕と、素の状態のブランがほぼ同じくらいの力なんだよ。

 獣人……いや、ブランの身体能力がそれだけ優れているということ。

 誰が餅をひっくり返す方が適当か、考えるまでもない。


 この世界では見たことのないパフォーマンスに、たちまち僕たちは教会を訪れた人々に囲まれる。

 その中には、孤児院出身の冒険者たちも含まれていた。


 今では有望な新人パーティーとまで呼ばれている【蒼穹の金竜】のカズキが、さっそく興味を持って近づいてくる。


「兄貴、今度は何をやってるんだ?」

「もちつきだ。よっ、ほっ、はっ」

「もちつき?」

「ああ、よっ。美味いものを、ほっ。食わせてやるから、はっ」

「美味いもの?マジかよ!」

「だから、邪魔、ほっ。すんなぁぁぁぁ、はっ」


 前言撤回。

 こちとら、ブランのペースに合わせるのに必死なんだ。

 よけいなことを話しかけるな。

 あぶねえ、今、杵が手をかすったぞ。


「カズキ、邪魔。食堂で食べる準備をしてるから、手伝ってくる」

「はいっ!」


 ブランにそう命じられたカズキは、ピンと背筋を伸ばすと、仲間たちとともに駆け足で食堂へと向かう。

 どうしてこんなに、僕に対するときと態度が違うんだ?

 ………………解せぬ。


         ★★


「いっただきまぁぁぁぁぁす」


 こうして、早一時間。

 うまくつき上がった餅を調理して、僕は教会にやって来た人々に振る舞う。


「いいか、よく噛んで食べるんだぞ。一度に口に含むなよ」


 僕は餅を食べるにあたっての注意をしながら、人々に餅を差し出す。

 醤油もちやきな粉もち、お雑煮やお汁粉まであるので結構な手間がかかったが、孤児院の女性陣に手伝ってもらったんで、だいぶ助かった。

 出来ることなら、醤油もちに海苔を巻きたかったし、納豆もちも出したかった。

 この世界じゃ、まだ海苔や納豆に出会ってないんだよなぁ。


「美味しい」

「うめえええええええ!」

「この餅って食感がいいよな」

「ホントにすごく美味しいわ」

「お汁粉、好き」


 餅を振る舞われた人々の感想は好評だ。

 よしっ。


「アル兄さん。さっきから、どうしてそんなに注意してるんです?」


 すると、やたらと注意をしている僕の様子を不思議に思ったソウシがそう尋ねてくる。


「ああ、この餅はたしかに美味しいんだが、慌てて食べると喉につまることがあるんだ」


 何しろ、前世では年間で3500名余りの人の命を奪うなかなかのヒットマンだからね。

 消防士として勤務していて、何度救急搬送したことか。

 もちろん、僕自身はそんな時の知識や技能を持ってはいるけどね。

 ただ、使わなければ使わないでいい技能なんで、こうして口を酸っぱくして注意喚起しているワケだ。


「んぐっ、んぐぐぐぐぐぐ」

「どうしたの!?」

「先生ッ!カズキが!」


 と、そんなことを考えていたら案の定、カズキが餅を喉に詰まらせた。


「うん。第一号はカズキだろうなとは思ってたよ……」


 僕は思わずそう呟く。

 さっきから、人の話を満足に聞かないで、ガツガツと掻き込むように餅を食べていたからなぁ。

 

 だが、今後は餅も広めていくつもりの僕としてはこれは好都合。

 何かあったときには治癒を担当する教会の治癒部門の者たちに、こうなった場合の対処方法をついでに教えることにしよう。


「こうなったときの方法はいくつかある。まずは『背部叩打法はいぶこうだほう』だ」


 そう説明しながら、僕はカズキの背中を叩き始める。

 背中の中心、ちょうど肩甲骨と肩甲骨の間を手のひらで強く叩く。

 うまく行けば、衝撃で餅を吐き出すのだが……ダメか。




詳細画像

熊澤さんによると、ポイントは「ためらうことなく、強く叩く」こと。


「これでダメなら『腹部突き上げ法』だ」


 そう言って僕は、カズキの背後から腹部に手を回し、両手を握るとこぶしをへその少し上に当てる。

 そして、背後から力を込めてこぶしを自分の方に引き付けるように、素早く手前に引き上げる。

 これは、妊娠をしている女性や乳児には行ってはいけないし、内臓も痛める可能性があるので、使うケースが限られるがなかなか効果的なんだが……やっぱりダメか。

 いったいどれだけ掻き込んだんだよと、舌打ちしながら僕は最終手段を取ることにする。


 僕は【創造クレアーレ】の魔術を無詠唱で展開すると、前世で言うところの『マギール鉗子』を作り出す。

 同様にして『咽頭鏡』も作成する。


 これで準備完了。

 最初に咽頭鏡を口の中に差し込んでから、先が曲がった形をしているマギール鉗子で餅をつまみ出した。


「がはっ、げはっ、がはっ」


 カズキが息を吹き返す。


「ブラン」

「ん。【治癒サナーレ】」


 ちょっと、無理をさせちゃったから万が一を考えて、ブランに回復をお願いする。

 さすがは僕の相棒。

 このやり取りだけで、僕の意思を汲んでくれて治癒魔術をかけてくれた。


「だから言っただろ。餅は落ち着いて食べるんだって」

「はぁはぁはぁはぁ……。ありがと、兄貴。助かったよぉ……」

「まぁ、実験台にしなければ、もっと早く助けられたけどな」

「はぁ?」

「一番簡単なのは、喉をかっ切って餅を取り出したら、さっさと癒しちゃえばいいんだからな」

「はぁぁぁぁ?じゃ、じゃあ……俺の、あの苦しみは?」

「う~ん、まぁ、少しは痛い目を見てもらおうと思ってな……」

「兄貴ィィィィィィィィィ!!」


 そう言って笑った僕にしがみついたカズキは、涙目になりながら叫び声を上げる。

 ハッハッハッハ……、少しは理解したかね?


「まぁ、万が一があってもこうしてちゃんと助けることが出来るから、安心して欲しい」


 そう言ってみんなを見渡すと、ひとりふたりと餅を皿に戻す人が……。

 …………あれ?


「アル。カズキを苦しめ過ぎた……」

「えっ?」

「さっさと助けた方が良かった」

「ええええっ?」

「多分、餅の普及は失敗」

「なんてこったぁ…………」


 僕とカズキのやり取りを見て、尻込みをしてしまった人が多かったようだ。

 このイメージを取り返すには、少なくない時間を必要とするだろう。

 あああ……、やっちゃったよ。

 こうして、僕の餅の普及計画は失敗してしまったのだった。


「兄貴、気を落とすなよ。俺は好きだぜ、この餅ってヤツ」


 あんだけ苦しんだのに、もう次の餅を食べ始めているカズキを除いて。


「で、でも、新しい料理があるって知って嬉しかったです」

「そうだよ、アル兄さん。気を落とさないで」

「先生、大丈夫。いつかはみんなに受け入れてもらえますよ」

「聖者様、私で良ければこの身を捧げて実験台となりましょう」

「あああっ、それはダメぇぇぇぇ!!」

「おい、誰かソイツを止めろ~!」


 僕が気落ちしたのを見て、周りの人々が慌てて慰めてくれる。

 中にはカズキのように餅をかき込もうとする信者の姿と、それを止めようとする姿も見受けられる。

 その結果、教会の食堂は大騒ぎになってしまう。


「フッ、アハハハハハハ」


 それを見て僕は思わず吹き出してしまう。

 みんなの優しさが嬉しかったから。


「良かったね」


 そんな僕の気持ちを慮って、ブランがそう声をかけてくる。


「うん」


 新年早々、失敗してしまったけど、こんなに優しい人々に囲まれて僕は幸せだ。

 それを再確認出来ただけでも、今日は成功だと言えるだろう。


 どうやら今年もいい年になりそうだ。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


明けましておめでとうございます。


新年一発目は、まさかの【紅蓮~】でした。

餅のネタを書きたかったので……。


拙作でもカクヨムコンにエントリーしています。


みなさまの、応援をお願いします。


ついでですが、

『転生したサンタクロースは希望を配る』

で短編も投稿しています。

時期外れのサンタクロース無双ものです。


あと、短期集中連載で短編を投稿します。

『先王陛下の世直し旅』

某エチゴのちりめん問屋のご隠居のパロディーものです。

こちらは、かなり馬鹿話に仕上がっております。

ご一読下さい。




ご一読下さいませ。

★あるいはレビューでの評価していただけると幸いです。

 

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