第128話 忍気呑声(にんきどんせい)

 僕がアグニスの街の教会の現状について説明すると、マーガレット枢機卿は薄ら笑いを浮かべながら聞き入っていた。

 その表情は、人々から慈母の微笑みと呼ばれるそれではなくて、見る者の背中に冷や水を浴びせかけるような冷酷な頬笑みであった。


「そう……そんなことが……。協力者……」

「ええ、教会が治外法権なのをいいことに、ずいぶんと儲けていたみたいですね」

「分かりました。早急に対処します」    


 そう答えたマーガレット枢機卿の瞳は、怒りの炎が見えるようだった。


 おお〜っ、なかなか怖いぞ。


 しばらくの沈黙を経て、マーガレット枢機卿は表情を変える。   

 どうやら、今後の方針についてある程度、考えがまとまったようだ。


 彼女は即断即決、思慮分別が持ち味だ。

 今回の件もしっかりと対応してもらえることだろう。

 そう考えていたら、予想外の話が告げられた。


「それで、大聖堂うちからは【フィリップ】大司教も派遣しましょう」

「だだだ、大司教!?」


 僕が驚くのも仕方ないことだろう。

 大司教といえば、教皇、枢機卿に次ぐ役職。

 例えるならば、神聖教会という多国籍企業の日本支部が、関東エリアの総責任者を派遣すると言い出したようなものだからだ。


 僕が心の底から驚くと、彼女はしてやったりという顔で何事もなかったかのように言いきる。


「だって、あなたがテコ入れしたんでしょ?」

「ええ、まぁ……」

修道女シスターは治癒魔術を強化して、【浄化パーゲイション)】や【治癒サナーレ】が使える子どもたちもいる、と」

「そうですね」

「もう、お金の匂いが漂ってくるじゃない?」


 さすがは蓄財で出世を果たした『財の枢機卿』

 儲け話には貪欲だ。


「それにあなたの腹案。それにも興味があるわ」

「協力してもらえると?」

「ええ、適任者を派遣してもいいわよ」

「それはありがたい」

「だから、ひと口乗せなさいよ。あなたのアグニス発展計画に、ね」


 発展計画……。


 そう言われて僕はハッと気づく。

 確かに僕は、アグニスの街にやたらと介入していたようだ。

 防災意識の改善に始まり、流通や商売にフォティア商会を噛ませた。

 教会という信仰にも手を出して、このまま僕の腹案が達成されれば冒険者にも多大な影響を与えることになるだろう。


 何てこった……。

 ものすごくアグニスに介入してしまっていた……。

 目についたから、改善しようと思っていただけなのだが……。


 確かに第三者から見れば横からしゃしゃり出ているようにも見えるな……。

 これってマズくないか?

 傍から見れば、怪しさ満点の子どもが好き勝手に街の運営に口を出していると思われているはず。


「やってしまった……」

「えっ?何が?」

「いろいろと街に介入していました……」

「そうね」

「周りから見れば怪しい子どもが、街の運営に口を出しているようにしか……」

「はぁ?何を言ってるの?あなたは辺境伯の嫡男で、ゆくゆくは領地を発展させる義務があるんだから、それを多少前倒ししてるだけでしょ?これが他の領地なら内政干渉って非難されるでしょうけど、アグニスなら何の問題もないでしょう?」

「そんな考えもあるんですね」

「そもそも、全てはアグニス卿に許可を得ているんでしょ?」

「まぁ、そうですね」

「なら何の問題もないじゃない。思うがままに発展させちゃいなさいよ。そこに神聖教会うちも協力したってなれば、また私の株も上がるんだし」


 そう言って満面の笑みを浮かべるマーガレット枢機卿。

 そこにブランが口を出す。


「まだ偉くなる気?」

「当たり前でしょ?ここまで来たなら教皇を目指すわよ」

「野心の塊……」


 ブランがざっくりと毒舌を吐く。

 すると、マーガレット枢機卿は得意気に胸を張ると断言する。


「当たり前でしょ。たった一度の人生よ。そこに手が届くなら挑むのが女ってもんよ」

「お〜っ」


 ブランがその宣言に感銘を受けたようで、パチパチと手を叩く。

 さすが聖職者だね。

 でも、僕は人生二度目だったりするんだけど。


「それに……」


 そう考えていたら、彼女はとんでもない爆弾を放り込んで来た。


「あなた達の結婚式は教皇自らが取り仕切ってあげるわよ」

「…………!」

「一国の王でもなかなかないことよ」 

「いや、そこまで盛大で……」

「むふ〜ッ」


 ブランが頬を薄っすらと赤らめる。

 

「アル、マーガレットに力を貸すべき」


 …………ああ、ブランが取り込まれてしまった。


 僕自身は、そこまで大々的に結婚式をする必要もないとは思うんだけど、ブランが望むなら仕方ない。


 っていうか、マーガレットは自分の意見を通すためにはブランを味方につければいいと理解しているから交渉事になれば最初から勝ち目はない。


 その証拠に、彼女は勝ち誇った笑顔で僕を見つめている。


 やれやれだ。


 まあ、こうなったら徹底的にやってやろうじゃないか。

 僕はそう腹をくくる。



 この日、枢機卿の私室の灯りは夜遅くまで絶えることはなかったのだった。




★★★★★★★★★★★★★★


ひとくちメモ


この世界では、教会の役職として


教皇<枢機卿<大司教<司教<司祭<助祭<修道士=修道女シスター


となります。



ジュリアは修道女シスターです。

そこに天上人のような大司教がやって来るわけです。

どれだけアルが驚いたことかお分かりいただけるかと。



拙作で『第8回カクヨムWeb小説コンテスト』に参加します。


みなさまの応援をいただけたら幸いです。



追伸

『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』

『自己評価の低い最強』


の2作品もエントリーしますので、そちらにもお力添えをいただけたら幸いです。


 更新は三日後です。


 


 

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