第207話 準備万端(じゅんびばんたん)

「なんだ……これ……」

「で……デカい……」

「すごい、おっきい……」


 パウロ大司教に連れられて、教会の裏にやって来た人々は、そこで思いもよらないものを目にする。


 それは、アルフレッドが前世での防災備蓄倉庫を思い出しながら魔術で建造した巨大な倉庫であった。

 この世界には存在しないはずの鉄筋コンクリート製の建物で、その屋根には千人乗っても大丈夫なほどの頑丈な造りだ。


 教会に隠れて見えていなかったのだが、こうして近くまでやって来るとまるで城かと見まごうばかりのその巨大さに、人々は大口を開けて呆然と眺めている。


「なんじゃこりゃあああああああ!!」


 そして、誰よりも驚いているのが、【フィデス商会】のドワンであった。

 彼は完全に自分の思いどおりになっていると思い込み、パウロ大司教がどんな悪あがきをするのかと高みの見物でここまでやって来たのだが、この場の誰よりも驚いていた。


「これで驚いてもらっては困りますね。さあ、こちらですよ」


 人々の様子に頬を緩めたパウロ大司教は、それでも本当に見てもらいたいのは中だと言って先導をする。

 おっかなびっくりで老司教に続く人々であったが、彼らは倉庫の中でさらに大きな驚きに直面する。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「な……なんだよ、これ……」

「あああ……、こ、こんなにあるなんて……」

「どうしてこんなに……」


 人々は巨大な倉庫の中にところ狭しと積み上げられている、数多の塩や野菜、果物といった品々を前にして言葉を失った。

 中には驚きのあまりに倒れそうになる者すら出る始末。


 人々が望んでも得られることが能わなかった、生きるために必要な品々が目の前に山のように積まれているのだった。


「ど……どうして……」


 信じられない光景に、ひとりの男がそう呟く。

 すると、その言葉を聞いたパウロ大司教がひとつ頷くと説明を始める。


「ここは、【聖者】アルフレッド様と【聖女】ブラン様が、困窮に喘ぐ町の人々を憂いて作って下さった倉庫です。中は時間停止の魔術が施されており、品物はいつまでも新鮮さを保てるようになっています。そして、これらの品々は、少なくともこの町の人々を数年は養えるだけの量があります」


 嘘のような話ではあるが、実際に人々の前にあるのは、先が見えないほどに積み重なった品々。

 その圧倒的な物量がパウロ大司教の言葉を裏付けていた。


「かつて、この教会に住んでいたのは【エトガー】という名の神父でした。彼は広く神の教えを説く道を選び、獣人たちが多数を占めるこの町までやって来ました。我々の教えは人族には受け入れられていますが、獣人皆さんには受け入れられているとは言い難い。きっと、その苦労は並々ならぬものがあったことでしょう」


 これまでに、数々の苦労を積み重ねて来たであろう旧友を慮って、老司教の眉間に深いシワが刻まれる。


「ですが、彼は死を目前にしてもなお、卑劣な商会に苦しめられている町の人々のことを憂慮していました。何とかして、この町の人々を救いたい、と」


 パウロ大司教は、教会の隅にあるエトガー神父の墓に視線を向けると、今は亡き友から力を得たかのように強く語る。


「その結果、彼は死してからも奇跡を起こし、聖者アルフレッドと聖女ブランにこの町の窮状を訴えたのです」


 その言葉に、この場に集まった人々から驚きの声が上がる。

 どうやって死んだ後に奇跡を起こしたのかは分からないが、立場ある老司教がそう断言するのならば間違いないのだろうと考える人々。

 なんと言っても、彼の言葉の正しさはこの見たこともないような造りの倉庫と、おびただしい数の品々が物語っている。


 獣人たちは、エトガー神父が奇跡を起こしたのだと信じた。


 自分たち獣人は、太陽神を崇めているために故エトガー神父とは相入れることはなかったが、よき隣人としてはそれなりの関係は築いていた。

 町中で出会ったときには挨拶をする程度の仲ではあった。

 そんな彼が、死んだ後も自分たちのことを考えていてくれたのだと聞き、今更ながら大きな人物を失ったのだと痛感する。


「嘘だッ!嘘だッ!嘘だッ!」


 そんな時、パウロ大司教の言葉を顔を真っ赤にして否定する男がいた。

 ドワンである。


 彼はもうどうしようもないところまで追い詰められていることを自覚はしているのものの、それでも諦めきれず悪あがきをする。

 しかし、それは完全な悪手であった。


「おいおいおいおい、お前がそれを言っちゃあダメなんじゃねえか?」


 そのことを指摘したのは、パウロ大司教の後ろに控えていた【黒羽族カラス】のヨルグであった。 

 アルフレッドに怪我を癒してもらった彼は、今や全盛期に比するほどの力が漲っており、その鋭い双眸で睨み付けるだけで、ドワン程度の小者ならばアッサリと抗おうとする気力を霧散させることが出来た。


「ひっ、ひいいいっ!な、何だ!何なのだ!キサマは……」


 カクンと腰を抜かして立てなくなったドワンは、地面に這いつくばりながらも誰何すいかの言葉を投げかける。


「オレか?オレのことは別に構わんだろ。それよりもお前だ。気づいてないのか?」

「はぁ?」

「いや、オレもを信仰して間がないから詳しくは分からんのだが、さすがにマズいだろ?」

「だから、何がマズいと言うのだッ!この獣人風情がッ!」


 いっこうに要領を得ない会話にドワンは苛立ち、言葉を荒げるものの、ヨルグは何処吹く風とばかりに言葉を続ける。

 

「だってよぉ、お前も【神聖サンクトゥス教】の信者なんだろ?それがさ、

「……………………あっ」


 そのことを指摘されたドワンは、自分がしてしまった致命的なミスに気づいて焦る。

 ヨルグは、口元を歪めながら目の前の商人を嘲笑う。


「こっちの教会にも、破門だとか、異端審問とかあるんだろ?なぁ?だから、お前はもう終わりだよ」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


異端審問官を兼ねているのが、枢機卿の直轄部隊の神の杖ケリュケイオンだったりします。


神の杖ケリュケイオン(狂信者's)「異端者はいねがぁ~!?」

(◞≼◉ื≽◟ ;益;◞≼◉ื≽◟)Ψゲゲゲゲゲ


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