第65話 報仇雪恨(ほうきゅうせっこん)
「ただいま〜」
辺境伯の城を出てわずか数日で、僕とブランは帰宅することになった。
僕らは【
もちろん、あえて生かしておいた数名の盗賊を連れて。
目の前の光に包まれた扉を抜けると、そこは父さんの執務室だった。
「あらあら、お帰り〜。早かったわね〜」
そんな僕らを暖かく迎えてくれたのは、母さんであった。
ちょうど、一緒にお茶を飲んでいたディアナも、そう驚くこともなく目の前の事実を受け入れる。
どうやら父さんは席を外しているようで、さっきまで仕事を手伝っていた母さんとディアナだけが、部屋に残っていたようだ。
すると、ディアナがしみじみと話す。
「はあ〜っ、ずいぶんと早い里帰りだねぇ〜」
「ハハハ……。まさかこんなに早く帰って来るなんてね。世の中は面白いね」
僕がそう答えると、後ろの男たちを見て事情があることを悟ったディアナが、自分の娘に尋ねる。
「まぁいいさ。ブラン、何があったんだい?」
「つうしょはかい?つうしょうはかい?されていたから報告に」
「良くできました」
「ん」
僕は思わずブランの頭を撫でる。
だって、あのとき僕がポロッとこぼした言葉を、まだ11歳の少女が覚えていたんだよ。
前世で言えば、まだ小学生くらいの年頃なのにと考えれば、中身が三十代半ばの僕は素直に感心せざるを得ない。
僕が頭を撫でていると、ブランは頬を染めて頷く。
フサフサの尻尾がリズムよく振れているので、どうやら喜んでくれたようだ。
「ホント、通商破壊なんて特殊な言葉、一度で覚えるなんてすごいよ」
「当然」
「さすが僕の相棒だね」
そんな会話をしていると、母さんが咳払いをして話を戻す。
「ねえねえ、仲良しなのは分かるけど、私にも分かるように説明してもらえないかしら?」
「アル、いい加減にしな」
ディアナにも強く咎められた。
何故に……。
そんな訳で、僕が国境付近で盗賊に襲われて返り討ちにしたこと。
装備品や身のこなしから、隣国の工作員であろうことを説明する。
「なるほどねぇ。それが通商破壊って言うのね。確かにアグニスからの魔物素材が途絶えれば、経済的にも国防的にも大きな損害を受けるわね。そもそも、あそこは今、大変なときなのに……」
何か不穏な言葉も聞こえてきたが、とりあえずそちらは後回し。
「とりあえず、実行犯を引き渡したいんだけど……」
「あらあら、そうね。【ケティア】、お願い出来る?」
「はっ」
母さんが執務室の前で警護の任務に就いていた、ひとりの女性兵士に指示を出す。
彼女は白熊族の獣人で、普段は笑顔を絶やさない温厚な人物であるが、いったん戦闘となると人格が変わることで知られていた。
ゆえに、敵から付けられた二つ名は【
僕が連れてきた盗賊たちを引き渡すと、ケティアの目つきが変わる。
ああ、これはあかんヤツや。
「盗賊、と言いたいんだけど、どうやら連合国の兵士みたいなんだよね」
「何と!そうですか」
ケティアの威圧に萎縮していた盗賊たちであったが、僕の言葉にブンブンと左右に首を振る。
「俺たちは兵士ではない。領民だ……」
その中で、指揮官だった男があくまでも領民だとしらを切る。
兵士だと認定されたら、戦争にも繋がりかねないからね。
でも、ダメ。
立派な証拠があるからね。
盗賊たちに僕は、彼らが使っていた武器や防具を取り出して見せてやる。
すると、それらの品々には、きちんと
「この武器が証拠だよ」
「バカな、キッチリと削り取ったはずだ……」
もう自供したようなものだが、それほど信じられなかったのだろう。
さらに、負けを見越して、指揮官が慌てて破り捨てたはずの本国からの指令書も手元にある。
フフフフ……。
僕の魔術に不可能はあんまりないのだよ。
ブランに言われて、武器や防具の削り取った跡を確認した僕は、【
壊れた物が巻き戻しされるようなイメージで魔術を展開すると、きちんと魔術が効果を現した。
こうして、僕は自称盗賊たちの持ち物を片っ端から復元してやったのだ。
もちろん、破り捨てられた指令書もね。
その結果、こうしてボロボロと証拠が出るわ出るわ。
もう、物証だけで有罪にすることも可能なほどに。
「きっ、貴様ぁ!なっ、何をしたあああ!!」
現実を突きつけられた指揮官が、僕に対して罵声を浴びせてくる。
「この糞ガキがぁ…………ぐはぁっ!」
だが、それを容認するようなケティアではなかった。
そのみぞおちに一発、重々しい拳を叩き込むと、指揮官は悶絶する。
「若さまに何を言ってるの?そんなに騒がなくても、後で嫌というほど叫ばせてあげるから待ってなさい。…………悲鳴をね」
笑顔のままそう告げるケティア。
怖いよ、怖いよ……。
僕が表情を引きつらせると、それを見たディアナが鼻で笑う。
むむむっ……。
何か、まだまだだねえと笑われたようで少し悔しい。
「もう行こう」
するとブランが、自分の母親のその笑いに反応して、用件は済んだとばかりに僕を促す。
「分かった。それじゃ、母さん。あとはお願いしても?」
「ええ、あとはあの人に伝えておくわ」
「それではまた」
「ブラン、しっかりアルを守るんだよ」
「……ふん」
こうして、きちんと自称盗賊たちを引き継いだ僕たちは、再び光の扉を抜けて、くがねたちのもとに戻るのであった。
辺境伯と言えば、他国や異民族と領地を面しているため、国土防衛の指揮官や地方長官といった意味合いが強い。
故に、自領に辺境伯軍を置くことも、独自の裁量で隣国との戦端を開くことも認められている。
通商破壊が行われていたと知った父さんは、直ちに領軍を国境に派遣する。
そうして、国境沿いに国内最強とも言われる赤備えの軍が展開されると、連合国は大慌てとなる。
自国が行っていた所業を知る者は顔を青ざめさせ、何も知らない者もまた赤備えの威容に顔を青ざめさせた。
そんな混乱の最中、ふたりの男が越境して連合国の首都を目指す。
それは、ブランの父親であるゲオルクと父さんであった。
生け捕りにした兵士たちを無造作に馬車に乗せて、首都に向かっていた。
当然、ふたりを止めるために連合国は自国の軍を総動員するが、ことごとく打ち破られた。
何しろ、一騎当千と言われた【炎帝】アーサーと【白い悪魔】ゲオルクのふたりである。
近接戦闘を挑むも、ゲオルクにことごとく抑えられ、わずかな猶予を与えれば詠唱破棄された【八熱地獄】が兵士を襲うのだ。
これまで、大きな威力はあるものの、長ったらしい詠唱時間に難があった極限魔術が、縦横無尽に飛び交う戦場。
それは、控えめに言って地獄であった。
いくら上層部が尻を叩くも、いったんその光景を見せつけられた兵士たちは、武器を振り上げることを放棄していくことになる。
やがて、たったふたりの男に首都を抑えられた連合国は、その領土を一部割譲することで赤竜の怒りを収めることになるのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「頭にきた。ゲオルク行くぞ」
「ガッハッハ、面白え。ふたりだけで殴り込みかよ」
「詠唱破棄も覚えたから実験だ」
「お前、それがやりたかっただけだろ」
そんな会話がなされていたとか、いなかったとか。
モチベーションに繋がりますので、レビューまたは★での評価をお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます