第66話 小人閑居(しょうじんかんきょ)
途中で遭遇した自称盗賊を父さんたちに引き継いだ僕らは、元の場所に戻ると旅を再開した。
そこからは、大きな問題もなく当初の予定である冒険者の街【アグニス】に到着した。
アグニスの街は、領都【フレイム】に比べれば規模的にはやや小ぶりだが、物々しい雰囲気はこちらの方が上だと感じる。
街を出てすぐ西方に様々な魔物が跋扈する大森林があるために、そこから得られる資源を求めて冒険者が数多く集まり、冒険者の街といった様相を呈しているからだった。
やっぱり、冒険者になるには仕事が多いほうがいいしね。
僕らは街の正門をくぐると、そのまま中央の大通りにある【冒険者ギルド】に向かう。
まずは冒険者登録だ。
「いや、大きいなぁ」
「おおお」
僕らが驚くのもムリはないだろう、周りの建物は平屋建て、せいぜい二階建てが大半なのに、ギルドだけは石造りの三階建て。
すぐ隣には、体育館程度の大きさの修練場も併設されている。
冒険者ギルド、儲かってますやん。
何度かこの街に来てはいたが、それまでは用件もなったので素通りしていたのだが、こうして見てみるとその建物の大きさには圧倒された。
冒険者ギルド入口にある、両開きのドアを通って室内に入ると、すぐに賑やかな喧騒が伝わってきた。
周りを見れば、全身鎧を身に纏った大男やローブを着た魔術師、ビキニアーマー姿の女戦士もいる。
人種も様々で、異世界物語の定番のエルフや、ドワーフ。
よく分からない種族の者もいた。
大陸の隅々にまで支店を持ち、権力者にも決して迎合することがない上に、独自の影響力が多大な冒険者ギルドはかくやと言うべき光景だ。
僕はこれから待ち受けているであろう冒険に心を踊らせる。
「すごいねぇ、ブラン」
「アル、迷子にならないように手を繋ぐ」
僕たちがそんな冗談を交わしながら、受付のカウンターまで歩を進めていると、僕は突然後ろから蹴り飛ばされそうになる。
「じゃまだぁ、ガキ!」
「ふん」
だが、それにいち早く気づいたブランが蹴り飛ばそうやってきた男の軸足を払いのけて、仰向けにひっくり返す。
ギルド内には男がひっくり返った大きな音が響き渡る。
僕はあまりのテンプレ的な展開に、ワクワクしながら振り返る。
「おや?どうしました、そんなところで寝てて」
「アル、そこは見て見ぬふりしてやるの」
「だって、あんな大きな音を立てて倒れれば、さすがに誰でも気づくよ」
「しーっ。目を合わせちゃいけません」
僕は元日本人だけあって、無用な争いは好まない主義だが、相手の方からケンカを売られたのならせいぜい高く買ってやることにしよう。
この機会に、僕とブランの名を上げるための踏み台となってもらうのも手かと思う。
そこで、僕は無様に床に転がる男を煽りまくることにした。
すると、ブランはさすがに僕の幼馴染みだ。
瞬時に僕の意図に気付き、自らも火に油を注いでいる。
床に転がる男は、父さんを遥かに超えるほどの身の丈で、力士のように肉を蓄えている。
「えーっと、オークの獣人の方かな?」
「アル、オークは魔物。獣人じゃない。あれは単なる豚」
「これは失礼した。ブヒ?ブヒ?ブヒ?」
「豚語?」
「いや、単にバカにしただけ」
僕らが二人で馬鹿話をしながら、男をあおりまくっていると、周囲から含み笑いが漏れる。
「ブフッ!」
「………………クククッ、豚って」
「バカ。笑うと怒るぞ、アイツ」
「ブヒってか?」
「ブファッ!ハハハハ!」
そんな会話が聞こえてくる。
するともう誰も止められない。
大爆笑だ。
みんなが笑う中、一人だけ怒りにうち震えている男がいる。
それが目の前の豚男(仮称)だ。
「テメエ、ブッ殺す!」
豚男が、黄ばんだ歯をむき出しにして怒鳴っている。
どうやら効果は抜群だったようだ。
「おい、ゴリーユのヤツ、また始まったぞ」
「ああ、今は上位ランクが遠征に出てるからな」
「まるでギルドの王様のようだな」
「まぁ、あの子供らも煽りすぎだがな」
「あの子供たち、無事に帰れるか?」
「誰か止めてやれよ」
「お前がやれよ、アイツはアレでもCランクだぞ」
そんな会話も聞こえてくる。
おやおや、こんなんでCランクかよ。
豚男はようやく立ち上がると、近くの椅子を振り上げて、僕らに近づいてくる。
僕がそろそろやるかと身構えたとき、ギルドに
女性の声が響く。
「ゴリーユさん、何をしてるんですか。勝てるわけないじゃないですか」
それは、メガネ姿のギルドの受付嬢だった。
彼女は、ゴリーユと呼ばれた豚男と僕らの間に割って入り仲裁を試みる。
だが、豚男は止まらない。
「アイツから仕掛けてきたんだ。文句はねぇだろう」
「でも……」
受付嬢はそれでも喰い下がるが、アタマに血が上っている豚男は、受付嬢の忠告を聞く耳を持たない。
「どけ!」
「きゃっ!」
豚男は手にしていた椅子を受付嬢を目掛けて投げつける。
それを見た受付嬢は、すぐにやってくるであろう椅子の衝撃に身をすくませる。
が、いつまでたっても衝撃が来ない。
彼女は恐る恐る目を開ける。
すると、そこには地面から伸びた氷の柱に貫かれた椅子があった。
「えっ?」
受付嬢はあまりのことに思考が追いつかない。
様子を見ていた周囲の者も、目の前の光景が信じられない。
「何が起きた?」
「分からん」
「あの子どもがやったのか?」
「?」
「いつ呪文を唱えた?」
ギルド内もざわついている。
危なかった。
僕はともかく、受付嬢さんにケガをさせるところだった。
冒険者ギルドにおいて、受付嬢は冒険者との交渉やクエストの仲介が主な業務であり、冒険者のイザコザにわざわざ出てくる必要はない。
それでも、高クラスの冒険者に絡まれている(実際は煽りまくっているのだが)僕らを憐れんで出てきたのだろう。
受付譲のその勇気に僕は心をうたれた。
豚男、絡んできたことを後悔させてやる。
僕は豚男に向かってハッキリと告げる。
「おい、豚。アタマだけじゃなく、目も悪いのか?相手はオレだ!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
いよいよ冒険者編が開幕です。
テンプレート的な展開から、どう活躍するかご期待下さい。
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