第212話 運否天賦(うんぷてんぶ)
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「やめ……やめて……いやぁだぁぁ!!」
「腕が……オレの腕があぁぁぁ!!」
「た、たたたたすけ……助けて、くれぇぇぇぇ!!」
暗闇の中、あちこちから悲鳴が上がる。
その声の主は誰も彼もが味方であった。
(クソッ!
黒猫族の【ジジ】の攻撃をかろうじて交わし続けながら、荒くれ者たちを率いるクオンが、そう判断をする。
まだ、敵に対して数で勝っているからこうして耐えていられるが、均衡が崩れたときにはもはや一方的な蹂躙劇が待っているだろう、と。
実際に聞こえて来る悲鳴は、仲間のものばかり。
それは確実に優位性が削られているという証左であった。
(クソッ!クソッ!クソッ!誰が獣人どもは腑抜けだと言った!?たまたま温厚な奴らを見て、勝手にそう思い込んでいただけじゃねえか!)
獣人たちは強い。
こうして相対してみて、ようやく気づいた。
生来の身体能力に加え、狩人としての本能が荒くれ者たちの姑息な策を見抜く。
それでいて、勝つことにひたすら拘泥し、決して自分たちの優位性を手放すことが無い強かさも持つ。
現にクオンが相手にしている猫獣人も、無理に仕留めに来ることはせずに、少しずつ少しずつ敵の体力と気力を減らすことに終始していた。
(このままじゃ……クソッ!どうすりゃあいいんだ……)
次々と増える傷を抱えながら、クオンは必死にこの場から逃れる術を考える。
幸いにも、相手は確実に手傷を重ねていくという手段を選択しているため、一撃で死ぬという危険性は低い。
そのため、クオンにはまだいくらか思考を巡らせることが許されていた。
(!?あっ、あれは!?)
そんなとき、敵の攻撃を避けながらも生き残る算段を模索していたクオンの視界にひとりの男の姿が入る。
それは、豊かな白ひげを蓄えた温厚そうな老人だった。
高位の聖職者が着る金糸で刺繍が施された祭服姿のその老人は、教会の外から聞こえた戦闘音を聞きつけて出てきたのだろう。
その様子を見るに明らかに動揺をしているようだった。
「お前らッ!こうなったら一か八かだ!ジジイを押さえろ!剣で首を防ぎながら、オレに続けぇ!!」
まがりなりにもある程度の経験を得てきたクオンは、すぐに自分たちが逃げるための策をひねり出したのだ。
そこに一筋の生きる道を見いだしたクオンは、仲間たちに声をかけて運否天賦の博奕に出る。
すなわち、蜘蛛の糸のように張り巡らされた
このままでは間違いなく全滅する。
だったら、わずかでも生き残る手段を選ぶ。
(クソッ!クソッ!痛えぇぇぇ!だけど……だけど、もう少し!もう少しだぁぁぁ!!)
鋼糸で身体のあちこちに傷がつくが、首を切り落とされなければ何とかなると、強引に前へ前へと進む。
ややもすれば、鋼糸に切られた痛みでアタマがおかしくなりそうになりながらも、我慢して進む。
「畜生ッ!生きてやる!生き残ってやる!獣どもが、覚えてろッ!覚えてろよ!」
一瞬だけ、どうしてこんなことになったという思いが脳裏を過るが、すぐに波のように押し寄せる身体の痛みで思考は中断される。
まったくの筋違いである獣人への怒りを糧にして、自分を奮い立たせながら鋼糸に向かっていく荒くれ者たち。
運が悪く、鋼糸によって四肢を切られて地に伏す仲間もいるが、今は脇目を向けるだけの時間も惜しい。
前へ、前へ。
それだけが、クオンを始めとした荒くれ者たちが生き残る唯一の可能性だった。
まさか、荒くれ者たちが傷つくことをものともせずに、
そうして、そんな隙をついて荒くれ者たちのごくごく一部がパウロ大司教のもとへとたどり着いた。
「よっしゃあ!勝ったぁぁぁぁぁ!」
ここに至った荒くれ者たちは、喜色を浮かべながら老大司教に襲いかかる。
まずはジジイの片腕でも切り落とせば、大人しくなるだろう。
その後は、人質の生命を盾にこの場から逃げてやる。
この屈辱は、絶対に……絶対に晴らして…………や……あれ?
目の前の大司教を取り押さえようとしたクオンたちであったが、その老体に触れることすら出来なかった。
ある場所から足が前に進まなくなったのだ。
何故、と思う間もなく地面に向かって倒れる荒くれ者たち。
え?え?え?
―――彼らはいつの間にか、胴体を両断されていた。
上半身と下半身が分かれた男たちは、次々と地面に転がる。
自らも倒れる中、この不可思議な状況を判断するために周囲に視線を送ったクオンが見たのは、どこから取り出したのか分からない大きな鎌を手にした老大司教の姿だった。
その表情は、とても聖職者とは思えないほどの冷酷さを漂わせていた。
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