第62話 雲水行脚(うんすいあんぎゃ)
大陸西方に広がる【大森林】は、数多の魔物が跋扈する魔境である。
しかし、そこで得られる物資や魔物素材はとても貴重で、一攫千金を夢見る冒険者たちを惹きつけてやまない。
そんな大森林に面している、辺境伯領西端の街【アグニス】は、【冒険者の街】とも呼ばれており、数多の冒険者たちを世に送り出す街としても知られていた。
父さんたちも、アグニスで冒険者登録をしたと聞いていたので、僕とブランもそれに倣うことにしたのだ。
別にどこで冒険者登録しても構わないだろう、領都にも冒険者ギルドはあるだろうと思われるかも知れないが、そこには理由があった。
今回、僕は王立学院に入学する前までに、冒険者としてある程度の功績を残しておきたいと考えていた。
その理由は、祖父のニクラスのせいで、僕は貴族社会ではいろいろと悪評が流れてしまった。
まぁ、炎に恐怖心があるのは間違いないのだが、貴族家の嫡男として他者に組みやすしと思われるのは、いろいろと問題があるのだ。
当初は家を出奔して、冒険者として生きていこうと考えていたので、そんな風評についてはあまり難しく考えていなかったが、こと入学するとなれば話は別だ。
【赤鳥】と呼ばれる僕を入学させることで、父さんは周囲からの評価を落としてしまうことは明白。
要は、使えない子息をゴリ推しして入学させたと思われてしまうのだ。
入学してから評価を覆せばと思うかも知れないが、人間は他人の醜聞には敏感でも、名声は気にもとめないところがある。
いくら実は優秀でしたと言っても、最初にゴリ推ししたという噂がを上書きするには至らないのだ。
そのため僕には、事前に悪評を覆すために、冒険者としての相対的な大功が必要になったのだ。
具体的にはB以上の冒険者ランクや、凶悪な魔物の討伐などである。
まぁ、やってやれないこともないとは思っているのだが、世の中は広い。
思ったとおりにならないかも知れないので、変に出し惜しみせずに全力を出すつもりだ。
そこで、ひとつ問題になるのが僕の身分だったりする。
辺境伯の嫡男だと知られれば、変な忖度をされたり、他人の功績を横取りしたと邪推されたりしかねない。
だから僕たちは、身分を知られていないアグニスで冒険者登録をしようと決めたのだった。
アグニスへは馬車で2週間ほどかかる距離である。
【転移】すれば一瞬なのだが、今回は運動不足の【麒麟】のくがねと【騶虞】のしろがねを走らせるために陸路を選んだのであった。
そんなに急ぐ旅ではないしね。
だけど、くがねとしろがねが想像以上に喜んだため、恐ろしいほどの速さで駆けている。
すれ違う人々が、信じられないものを見たように目を丸くしているのには、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「……速くない?」
「これくらいが、気持ちいい」
あかん、ここにもスピード狂がいた。
このままだと、半分の日数で到着しそうな勢いだ。
ちなみに、僕とブランはくがねに二人乗りしている。
くがねに二人乗りの鞍を載せて、僕が前に座り、ブランが後で手綱を握る。
ホントは主である僕が手綱を持つべきなのだが、身長で負けているためブランに押し切られてしまった。
このため、僕はブランに抱え込まれるような形で騎乗しているのだ。
「ムフフ……。勝った」
ブランが後ろに座ることが決まったとき、勝利を確信したように微笑んだ姿が忘れられない。
ブラン、僕の頭を抱え込んでクンカクンカするのは止めなさい。
牛乳をたっぷり飲んで、いずれはブランを抜いて見せると誓った瞬間だった。
「アル、もっと身体を預ける」
「う、うん」
くがねの疾駆が速まるにつれ、身体に強い圧力が加わる。
そこで後ろのブランに身体を預けるのだが、そこに期待したような感触はない。
ぺったんこだから仕方ないよね……。
「アル……。失礼なことを考えてる……?」
「イエ、ソンナコトハアリマセン……」
こうして僕らは、冒険者の街アグニスに向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます