第193話 高陽酒徒(こうようのしゅと)

「…………うわぁ」


 パウロ大司教を連れて【転移メタスタシス】でサファイラスの教会に戻った僕は、目の前に広がる光景を眺めて呆然と立ち尽くす。


「ギャッハッハッハ!」

「酒だ!うめえ!」

「生きてて良かったぁぁ!!」

「ああ、夢じゃねえよなあ?」

「痛ててててッ!ああ、間違いないねぇ、これは現実だぁ!!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」


 草がきれいに刈り取られた教会の中庭で、スラムの住民たちが酒盛りを始めているのだった。

 あちこちからは杯を打ち鳴らす音が響き、酔っぱらい過ぎて服を脱いでいる男や、反吐をはいて死体のように転がっている者も散見される。


「「「コンコンコンコンコンココン!コンコンコンココン!」」」


 その一方では、キツネの獣人の女の子たちが歌いながら楽しく踊っている姿も。

 何人かの大人たちも、その踊りを真似ているが、酔っぱらっていてフラフラと足どりが覚束ない。 

 大人も子どもも入り乱れて、教会の中庭はちょっとしたお祭り騒ぎになっている。

 

 もうしっちゃかめっちゃかだ。


 時折、大声でブランの素晴らしさを熱く語る声も聞こえて来る。


「お前なんて、ブラン様にわざわざ治療までしてもらったじゃねぇか!」

「白狼族で魔術師で、しかも聖女様なんて……。最高じゃねぇか!!」

「最高ーッ!!最高ーッ!」

 

 あちこちから聞こえて来た声から、おそらくはブランがスラムの人々のために炊き出しを行ったんだろうということだけは分かる。


 だけど……、だけど、どうしてこんなに収拾がつかない大宴会になってるんだよ。


 僕の脳裏に、前世での職場の飲み会の様子が過る。

 体育会系で、力があまり余っている職場の酒飲みなど乱痴気騒ぎになるのは当たり前のこと。

 すぐに脱ぐ上司や、絡み出す同僚。

 一気飲みの強要といったハラスメントが、普通にまかり通っていた時代の、汚い飲み会の様子が思い起こされた。


 ああ、そうか。

 ここにいるのは元軍人が大半だった……。

 しかも、怪我や病を完全に癒した後だ。

 そんな面々が酒を飲めば、こんな大騒ぎになることも当然か。


「アルッ……」


 僕が眼前の乱痴気騒ぎに納得していると、ブランがものすごい勢いで駆け寄って来た。

 表情に乏しいとよく言われるブランではあるけれど、長年一緒にしてきた僕には彼女の機微がすぐに分かる。

 うん、これはものすごく困っている顔だ。

 見れば、眉間に微妙にシワが寄り、ホンの僅か眉が下がっていた。


「どうしたの?」

「うん……、実は……」


 そう尋ねた僕が、彼女から聞いた話はこうだった。


 僕がパウロ大司教に泣きつくためにアグニスに向かった後、残されたブランはスラムの人々と教会の草刈りや清掃を始めたらしい。

 バザーを行うにも、ボロボロの教会へは誰も来ないだろうという事になり、僕やブランに恩返しをしたくてたまらないスラムの人々がこぞって作業にあたったそうだ。

 その結果、あっという間にそれなりに見れる程度にはキレイな教会となったらしい。


 その後、ひととおり作業が終わったので、ブランは慰労を兼ねて炊き出しを行うことにした。

 【収納レポノ】の魔術で保存していた食材を用いて、スラムの人々に食事を振る舞っていると、どこからか酒を持ち込んだ者たちがいて大騒ぎとなってしまったようだ。

 うん。

 こればっかりは、ブランのせいではないな。


 それよりも、幽霊騒ぎに気を取られていたせいで、僕が全く考え付かなかった炊き出しや教会の清掃を行ってくれたブランにはただただ感謝しかない。

 何も悪くないし、かえってありがとうと言いたいとブランに告げると、彼女は頬を赤らめてそっぽを向く。

 か~わいいなぁ……。


「酒は、だいぶ昔に元上司東部辺境伯から樽でもらっていたのです。何か良いことがあったときにでも、みんなで分けあえればと思っていたのだが……。ずいぶんと騒がせてしまって申し訳ない」


 ちょっと気落ちしたブランがかわいくてかわいくて、締りのない顔をしている僕に、そう言って頭を下げてきたのは、【黒羽族カラス】のヨルグさん。


 酒は、以前に配給された品の中にあったという。

 財政が逼迫している中でも、自分たちのことを思ってくれている東部辺境伯の気持ちが嬉しくて、安易に飲み干すことも、逆に売り払うことも出来ずにいたとか。

 それをこの炊き出しで振る舞ったとなれば、これだけの騒ぎになることは仕方ないなと納得する。


 先行きの見えないスラム暮らしで、人々の心は荒んでいたのだろう。

 それが改善された今。

 鬱屈された毎日からの解放ともなれば、まだまだ喜び足りないのではないか?


 そう考えた僕は、無詠唱で【収納レポノ】の魔術を展開すると、ヨルグさんの目の前に酒樽を積み重ねて見せる。


「………………は?」


 そうだ、子どもたちのために、甘いお菓子やジュースも必要かな?


 山のようになった酒樽や菓子類を前に、ポカーンと口を開けて呆けているヨルグさん。

 僕は酒樽をポンポンと軽く叩きながら笑いかける。 


「お酒やお菓子は足りていますか?」


 やるならば徹底的に喜ぶべきだ。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 僕とヨルグさんのやり取りを見た周囲から歓喜の声が上がる中、僕は中庭にいる人々に届くよう大きな声で宣言する。


「今日はこのスラムが変わる日です。だったら、とことんまで楽しみましょう」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


アルハラ……ダメ、ぜったい!


でも、アルは火に油を注ぐスタイルです。

さらに大きな火をくべれば、ブランのやらかしなど気にならなくなるはず。


翌日には、二日酔いになったスラム住人たちの死屍累々とした姿が散見されたとか。



モチベーションにつながりますので、★あるいはレビューでの評価していただけると幸いです。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る