第192話 手練手管(てれんてくだ)

「死後に奇跡を起こした者のことを『福者』と呼ぶのですよ」


 そう切り出したパウロ大司教は、執務室の書架から一冊の本を取り出す。

 かなり古ぼけた本で、そのタイトルは『福者賛美集』とあった。


「これまでにですね……」


 老大司教はパラパラと本のページを捲りながら、僕に過去にあった福者と呼ばれた人々が起こした奇跡を説明する。


「王の夢に現れ火山の噴火を予言した『福者テスター』。戦に敗れた王太子の前に現れ安全な場所にまで導いた『福者キャリー』。教皇の暗殺を暴くきっかけとなった『福者ソウル』……。まだまだ枚挙にいとまはありませんが、いずれの者たちもに何らかの助言や訴えを行っているのです」

「それって……」

「ええ、幽霊となってですね」


 ニッコリと笑うパウロ大司教に、僕は引きつった笑顔を返す。


「そもそも幽霊とは、この世に強い未練を持った者の魂が昇天せずに大地に縛られたものです。それが、恨み辛みといった負の想いによって縛られるものが悪霊。人や世のためを思って縛られるものが福者と呼ばれているのです」


 呪われたりとか、取り憑かれたりとかするんじゃないかとビクビクしている僕に、大司教は淡々と説明をする。


「今回の件って……」


 確かにエトガー神父は、誰かに恨みを抱いてって感じではなかったけど、見知らぬ者の前に現れたってことは、相当に心残りがあったんじゃないかなと思う僕。


「いやいや、十分に奇跡と呼べる功績ですよ」


 すると、パウロ大司教は大袈裟なほどに身振り手振りを交えては、役者のように高らかに宣言する。 


「世の不条理に心を痛めたひとりの神父が、死後に顕出して巡礼の途にある聖者に弱者救済を訴えたのです。これを奇跡と呼ばずに何と言おうか!ああ、主よ。新たなる奇跡に携われる栄誉に感謝致します」


 その様子を見てポカーンとする僕に向かって、パウロ大司教はパチンと片目をつぶっては、いたずらを成功させた子供のような笑みを浮かべる。


「ほら、もう逸話が完成したじゃありませんか」

「いやいや、さすがにそれは盛り過ぎなような……」

「ですが、この逸話があることで、我々【神聖サンクトゥス教会】の上層部が堂々とサファイラスの教会の件に介入出来るとしたら?」

「スラムの面倒も見てもらえる?」

「当然。もっとも、そちらは聖者様が手を打つおつもりなんでしょう?」

「まあね。でも、スラムと手を取り合ってくれるなら助かるかな?」

「それは当然のことです」 


 ホッホッホと好好爺な笑顔を見せるパウロ大司教だが、今回の神父の幽霊騒ぎを大きく脚色し、それを口実に介入するきっかけとするらしい。


「あの教会は、今まで【つたえの枢機卿】の管轄でしたので、なかなか手を出せなかったのですが、これを契機にこちらに取り込むことにしましょう。奇跡を全面に出せば東伯領と言えども信者獲得の芽も……。いずれは領都の教会にも圧をかけることで、こちら側に寝返らせることが出来れば……」


 大司教は、何やらブツブツと呟きながら考え事にを始める。

 今後の方向性についてだろうか、ちょっと聞いてはいけないような言葉もチラホラと耳に入る。


 これはどうやら、いろいろと黒い話になりそうな気がする。

 大司教と言えば、仮にも巨大組織の上層部に座る人だ。

 派閥の権勢拡大や信者の獲得といった面では、いろいろと内部で駆け引きがあったりするのだろう。


「と、とりあえず。僕には悪影響は無いんだよね?」


 最後に僕が聞きたかったことを再確認すると、それまで考え事に耽っていたパウロ大司教は、手にしていた本をパタンと閉じると満面の笑みで大きく頷く。


「えっ?ええ。そちらは問題ありません。後は私共に預けて下されば、教会でのバザーは万事恙無く進めさせていただきますよ」


 その言葉を聞いた僕は、ホッとすると共にあとは教会内部のことと割りきることにした。


「分かった。それなら、例の奇跡の逸話についても口は出さないよ」


 そう告げた瞬間、パウロ大司教が悪そうな笑みを浮かべたことは見なかったことにしよう。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


派閥間の駆け引きによって次期教皇が決まりますので【財の枢機卿】派閥としては、東部辺境伯領にあるの教会は自派閥に取り込みたいと考えています。

今回はちょうどいいきっかけとなりました。


モチベーションにつながりますので、★あるいはレビューでの評価していただけると幸いです。


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