第99話 飲水思源(いんすいしげん)

 クレアが満足したようなので、僕は椅子に腰を掛けると、ここまでやってきた理由を説明する。


「はぁぁ!?クソゴミカイウス商会ども、またもシュレーダー辺境伯御館様にケンカを仕掛けやがったのか!」

「お兄ちゃん、これはもう絶対に許せないよ」

「ああ、きっちりと落とし前を……」

「殺る?」

「そうだな、オイ、かち込む準備……痛てッ」


 思い切りクリスの頭を平手打ちする僕。


「だから〜、そのノリは辞めろって言ってたよな」

「いやいや、当然ですよ」 

「そうですよ。親にアヤを付けられたら、地の果てまで追いかけるのがウチらの……痛てッ」

 

 まだノリを引きずっているクレアを平手打ちする。

 だから、やめなさいって。


 どこぞの反社会的勢力ネタはもういいだろ。

 誰だ、そんなことを吹き込んだのは……僕だ。


 ちょっと過去の自分のやらかしにドン引きした。


 まぁ、いいや。

 とにかく、話を戻そうか。


「んっ……んんっ。まぁ、そんな訳で、商会にアグニスへの援助を頼みたいんだ」

「あああ……、ようやくそのお言葉を頂けた……。もう涙が溢れる思いです。あとは万事我々にお任せ下さい。ちょうどいい人材も育ってきてますし」

「ん?いい子がいるのかい?」

「ええ、飲み込みが早くて優秀ですね。魔術もふたつほど使えますし」

「へえ〜、そんな子がいるのかい?」

「ええ。それはとびきりのが」

「天下のフォティア男爵にそこまで言わせるなんて、期待できそうだね」

「以前、カイウスのトコの奴隷市を潰したのを覚えてますか?」

「それは仮面騎士だろ?」

「はい、本業の方で……」

「いや、そっちは仮の姿だからね」

「ハハハ。まぁ、そういうことにしておきますか」


 おい、ヒーローごっこを本業と言うな。


「それでですね、今回の件を預けようと思っているのが、その解放した奴隷のひとりなんです。まぁ、解放と言っても、ほとんどがウチの従業員になっただけですけどね」

「えっ!?そうなの?」

「福利厚生もしっかりしてて、場合によっては教育も与えられて、魔術までも教えてもらえる環境って、そりゃあ解放奴隷じゃなくても集まりますよ」

「でも、親に会いたいとか……、故郷で暮らしたいとかさ……」

「もちろん、そういった希望は叶えましたけど。ただ、たいていは家族に売られたような子どもたちですからねぇ。帰っても居場所がなかったりするんです。なら、手っ取り早くウチで雇った方が良かったりするんですよ」

「なるほどねぇ」

「その中で、メキメキと頭角を現したのが【ロイド】……今回、任せようと思っている男なんです」

「へえ〜。すごいねえ」

「商才ばかりでなく、機転も効きますし、ふたつも魔術を使えこなせますから」

「おおっ、なかなか良さそうだね」

「さっそくですが、お会いになりますか?おい、誰か【ロイド】を呼んできてくれ」


 そう指示を出すクリスの姿に、何となく心強さを感じる。

 僕は、月日と自信は人を変えるのだなぁと、つくづく実感するのであった。


 ロイドが来るまでの間、僕たちは何気ない会話を交わしていた。


「まぁ、無理を言ってて何だけど、本当に大丈夫かい?さっきの男爵領にも出店するみたいだし、……」

「そう思うなら、アルさまは、あの使者に許可を出さなければ良かったでしょうに」

「でもさ、以前はあんなにふてぶてしかった人がさ、土下座までしてるなんて、よっぽど必死なんだろうなって思ったら……ね」

「まぁ、方針が決まればそこから利益を出すのが私の仕事ですし。あそこの領地はちょうどエアヴァルト領への街道上にもありますから、ちょうどいい中継地点にはなるかと」

「…………」


 どうやら、僕が了承するのも折り込み済みの案件だったようだ。

 にこやかにそう話すクレスを見て、どうやら僕は、経済の恐ろしい怪物を作ってしまったようだと感じる。


 マジでスゲ~よ。


 ほんの数年前まで、スラムで残飯を漁っていた男だとは誰も想像できないだろう。


「会頭、及びです……か……ああっ!?アルの兄貴だ!ご無沙汰しております!」


 するとそこに、ひとりの少年がやって来ると、僕の顔を見るなり正座して頭を下げる。

 キレイな座礼だな……。


 そんな現実逃避をしてしまうことくらい仕方のないことだろう。

 何しろ、ここまでキッチリと仕込まれてるとは思っていなかったからだ。


 あかん、忠誠心が天元突破してますがな。


 その少年は、僕よりも少し年上くらいだろうか。

 まだあどけなさの残る容貌だが、何事にも卒なく答える言葉の端々から、その高い能力が垣間見えた。

 そして、当然のようにアグニスの経済立て直しも快諾を得る。

 

「じゃあ『善は急げ』でしたっけ?アグニスへすぐに向かいましょう」

「えっ?商会主自ら行くの?」

「何か問題でも?」

「いや、そっちが大丈夫かってこと」 

「大丈夫ですよ。クレアもいますし。ね?」

「はい。お兄ちゃんが帰ってくるまでなら問題はありませんよ。それよりも少しでも私たちに恩返しさせて下さいよ」 

「それは助かるけどさ」

「お兄ちゃんったら、毎日毎日、アルフレッド様に恩返しすることはないかって煩いんですから。そのうちに、礼拝所の隣にアルフレッド様のお姿を祀るようになりますよ」

「クレア、それは秘密ですよ。驚かせようと思ってたのに」

「頼む、それだけは止めてくれ」


 こうして僕は、経済戦争を仕掛けられたアグニスの復興のために【フォティア商会】の主に協力を依頼したのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


一部、内容がかぶっていたとの貴重な指摘があり、慌てて書き直しました。

そうしたら、こんなに増えてしまいました。



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