第100話 実践躬行(じっせんきゅうこう)

 アルフレッドがギルドマスターの執務室から転移した後も、話し合いは続いていた。


「それで、ホントに王都まで行ったの、あの子は?」


 そう口火を切ったのは、Sランク冒険者【深淵】の【ミネット】


「信じられんが、姿が消えたのは間違いないからのう」


 ミネットの発言に答えたのは、【アグニス】の街の代官兼ギルドマスターの【グスタフ・フォン・アグニス】男爵。


「私は嘘はないと思いますよ。勘ですが」


 そう続くのはギルドのチーフ受付嬢で、ギルドの暗部【調律師チューナー】の一員でもある【リリー】


 そんな冒険者ギルドの上層部が集う中、気後れすることもなく紅茶を飲んでいるのが、駆け出しながらもギルドから二つ名を与えられた【龍雲】【ブラン】であった。


「アルは大丈夫。心配ない。ところでリリー、これだと蒸らしの時間が足りない。あと30秒」

「ブランさん。だいぶ手厳しいですね」

「驚いた。あなたホントにメイドなのね?」

のメイド」

「ホッホッホ、こんなに慕われてアルフレッド君も幸せじゃな」

「ポッ」

「何が『ポッ』よ」


 そんな、会話が交わされていると、先ほどと同じように執務室の中央に光の扉が現れる。


 一同に緊張感が走るが、ブランだけは平然と紅茶を嗜んでいる。


 ブラン以外の面々の視線が注がれる中、ゆっくりと扉が開く。


「うっわぁ、すっげえ!ホントに移動した!師匠、師匠、さすがアルの兄貴ですね?」

「ロイド、静かにしなさい。私はともかく、アルフレッド様に恥をかかせることになるじゃありませんか」

「あっ、すみません。兄貴、はしゃぎ過ぎました」

「ハハハ、別に構わないけど、もうアグニス男爵の御前だからね」


 そんな会話をしながら光の中から現れたのは、アルフレッドを含めて3人。


 ひとりは栗毛の髪で、大きな丸眼鏡をかけた長身の青年。

 もうひとりは、ソバカス顔の金髪の少年で、アルフレッドよりも1つ2つ年上に見える。


 アルフレッドが、宣言どおりに人を連れて戻ってきたことにグスタフたちは驚きを隠せない。

 光の扉を消したアルフレッドは、一同を見回すと深々と頭を下げて告げる。


「今、帰りました」

「おおっ、すごいものを見せてもらった」

「もう、Sランクでもいいんじゃない?」 

「すごい魔術ですね……」 


 グスタフ、ミネット、リリーがそれぞれ思いついた言葉をこぼす。


「お褒めの言葉、ありがとうございます。それで、こちらがフォティア商会の主とその弟子です」

「お初にお目にかかります。クレス・フォン・フォティアと申します。この度は、大恩あるアルフレッド様の要請に応じて参りました」


 そう言って懐から貴族の証である羊皮紙を取り出す。

 そこに書かれているのは男爵位であることを証明するとの一文と、後ろ盾であるシュレーダー辺境伯の名。

 最近ではそこに国王の名も加わっていた。

 

「確かに。グスタフ・フォン・アグニスじゃ。よろしく頼む」 

「ええ、同じく辺境伯閣下に庇護を受ける者どうし、よろしくお願いいたします」

「しかし、国王陛下の御名まであるとは。さすが【餐のフォティア】よな」


 グスタフがそうこぼすと、ミネットがその言葉に食いつく。


「ちょっと何よ?その呼び名は?」

「お主は知らんか?何でも『まよねーず』『けちやっぷ』とか言う画期的な調味料を武器に、たった数年で王都でも有数の商会に成長させた寵児のことを……」

「『まよねーず』って、アレよね。教会で販売している調味料。でも、高いのよね」

「ご存知いただいていたとは、嬉しい限りです。こちらは、ご挨拶がてらどうぞ」


 そう言ってクレスが弟子から受け取ってグスタフたちの前に置いたのは、マヨネーズの小瓶。

 

「おおっ、これが噂の【フォティア物】か」

「フォティア物?」 

「うぬ。教会のまよねーずとは味が違うらしいぞ」

「へえ〜。興味あるわね。ありがたくいただくわ」


 そう言ってミネットが小瓶を懐にしまう。


「私もいただいてよろしいのでしょうか

……」

「どうぞ、ぜひお試し下さい。この場におられるということは、アルフレッド様のお味方ということですよね」

「そっ、そうですね。敵ではありません」

「それではどうぞどうぞ」

「ありがとうございます」


 さり気なくアルフレッドの味方を増やすクレスは抜け目がない。


「フォティア物をありがたく頂戴する」

「ええ。レシピは公開しているとは言え、そこは先駆者としての矜持がありますので、教会や他の店との違いを感じていただければ幸いです。あっ、ちなみにこちらでお店を出すことになった場合は教会よりも格安で販売致しますので、ぜひご愛顧下さい」


 そうプレゼンするのを忘れないところに、大商会の主としての計算高さが垣間見える。


「クレス。私の分は?」

「ああ、ブラン姐さん。お久しぶりです。そちらはもうよろしいので?」

「ん」


 クレスの言葉は、アルフレッドに他の女の匂いがこびりついていることに気づいたブランが、部屋の隅でOHANASHIしていたのを揶揄したものだ。


「あまりクレアに好き勝手させるな」 

「ええ、兄としても困っているのですよ。相手がアルフレッド様となると見境なくなってしまうものですから……」

「兄の威厳はどうした」

「勝てると思います?」

「無理」

「ですよね……」


 クレスはそう言って、ブランの前にマヨネーズのを置く。

 

「ん。じゃあ終わる」


 受け取るものを受け取ったブランは、アルフレッドを連れて部屋を出ようとする。

 あとはクレスたちに任せれば良いとの考えらしい。

 逆に言えば、それはクレスに対する信頼の表れでもあった。


「それじゃ、グスタフさん。僕達は失礼します。あとはクレスと詰めてもらえれば。手腕と人間性は保証しますので」

「じゃ」

「ああ、ありがとう。この礼は必ず」

「ランクアップさせてくれたからいいですよ」 


 そう断りを入れてアルフレッドたちが部屋を出る。

 やたらとブランがアルフレッドに身体を擦り寄せているのは、他の女の匂いを上書きしようとしているかのようであった。


「やれやれ、アルフレッド様に保証までされてしまったら責任重大ですね」


 そう独りごちたクレスは、グスタフたちとこれからの計画について話し出すのであった。


 既に多くの荷を積んだ馬車は王都を出ている。

 ダンピングの失敗が王都のカイウス商会に届くのはまだまだ先だろう。

 アグニスへの介入よりも先んじて、フォティア商会が地固めをする時間は十分だ。


 あとは、いったん街の人々を裏切ったアグニス古参の商会がどうするか。

 おとなしくフォティア商会と協力体制を築くか、厚顔無恥にもそのまま商売を続けるか。


 どっちに転んでも問題はない。

 ただ、あまりやり過ぎないようにとは釘を刺しておく。


 その気になれば、カイウスの尻馬に乗ってダンピングをすることも可能だが、僕がそれだけは認めない。

 競争なくして発展はないと思うからだ。


 そこはクレスも十分理解してるはずだから、心配はしていない。



 こうして、経済戦争を仕掛けられたアグニスの立て直しが始まったのであった。



「ブラン、昨日の今日だし。依頼は受けないで、ちょっと街をぶらつかない?」

「どうしたの?」

「いや、ランクアップしたからってワケじゃないんだけどさ。ちょっと生き急いでないかなって思っちゃって」

「…………変な物でも食べた?」

「冒険者なんだから、もっとゆったり考えてもいいのかなって。だいたい、僕ら冒険者登録して二日目だよ。それなのにかなり働いてる気がするからさ」

「やっと、それに気づいた………。私は嬉しい………」

「ハハハハッ、そんなわからず屋じゃないよ僕は」

「……………」

「えっ!?」

「……………」

「ブランさん?ブランさん?ホントにわからず屋だと思ってる?」

「……………」

「ブランさ〜ん!?」 


 こうして僕らの冒険者稼業二日目が過ぎていくのであった。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


拙作、『紅蓮の〜』も、ついに100話。

感慨深いものがあります。


書いてもなかなか★もフォロワーも増えず、私にとっては『鶏肋』的な作品ではあるのですが、ここまでこれたのは応援していただけるみなさまのおかげです。


今後も精進してまいりますので、ご声援をよろしくお願いします。




とりあえず、今章はこれで終了となります。


そこで、しばらく書き溜めの時間をいただけたらと思います。


そう長くかからないとは思いますが、さすがに毎日更新2作品は地獄のような日々でした。

朝から晩まで作品のことを考えていて、仕事も覚束ない有様でしたからね。


『自己評価の低い最強』も区切りをつけなくてはいけませんし、本業の『無自覚〜』も頑張らないとなりませんからね。


そんなわけで、再開をお待ち下さい。


              うりぼう



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