第26話 千載一遇(せんざいいちぐう)

「ハハハハ、しかしわざわざ屋敷を出てくれるなんて何て幸運なんだ」

「何だと?」


 エドガーの一方的な攻撃をかろうじていなしながらも、つい意味ありげなヤツの言葉に気を取られる。


「本来ならお前には陰ながら護衛が付いていたから、手出しができなかったんだが、今回は多くの人手を割いたんで、その護衛も外れたからな」


 初めて知った事実に、衝撃を受ける。

 父さんたちの愛情を感じる。

 帰ったら謝らないと……。


 もちろん、この戦いを生き抜いてブランたちと一緒に帰ったらだけど。


「つまり、今このときが千載一遇の機会なワケだ!」


 エドガーが剣を振り下ろし、僕も剣で受けるがその力強さに腕が痺れる。

 いくら前世の知識があるとは言っても、所詮は子供の身体だ。


 息も続かず、確実に追い詰められているのが良く分かる。

 

 エドガーは、殺す気になればひと思いにやれるところをわざわざ手加減していたぶっている。

 悔しいが実力の差は隔絶している。


 エドガーは僕に魔術を使わせる気は無いようで、詠唱しようとすると強引に攻撃を仕掛けてくる。


「おらぁ!」


 荒々しく振り下ろされた剣で肩を斬り付けられて、僕は思わず倒れ込む。

 そこに振り下ろされるエドガーの剣を転がりながら避ける。

 

 心臓が口から出てきそうなほど激しく鼓動し、息も絶え絶えな僕は自分を奮い立たせる為に言葉を紡ぐ。


「ハァハァハァ……わっ、けん。お前のようなゲスに勝って笑ってやる。そがカッコ良いだろ」

「ハハハハ、疲れて意識が朦朧としてきたか?全然意味が通じないぞ」

「俺

「どこがだよ!」


 エドガーのフェイントに引っかかり、蹴り飛ばされた僕は崖の縁にまで転がる。

 危ない。

 ここから落ちたら命がないところだった。


「おおっと、危ない危ない。危うく落としちまうところだった。こっちに来いよ」


 どうやらエドガーにはエドガーの理由があるようだった。

 おそらく、僕の死体が無いと何かと問題があるのだろう。

 

 エドガーの猫なで声に苛立つも、このまま落ちるわけには行かないので歩を進める。


「ずいぶんと慣れてるじゃないか。同じようなことを前にも?」

「フフフ、分かるか?小銭を稼ぐためにちょっとな」

「まさか、近衛をクビになったのも……」

「さてな。死んでいくオマエには関係ないことだ」


 勝ちを確信しているエドガーの顔が憎たらしいほど愉悦に溢れている。


「このって聞る怨嗟の声お前を倒してやる!」

「何を言ってやがる。聞こえないぞ。おらコッチだ!」 


 横薙ぎに振るわれる剣を避けるが間に合わず、脇腹に痛みが走る。

 だが僕は弱気になるわけにはいかない。

 

を切る音が鈍って来たじゃないか?図星か?れ弱いんじゃないか?」 

「どんだけ上から目線だ?俺の慈悲でまだ命があるのを忘れてないようだな」

お、それは驚きだ。いぶんと慈悲深いことだな」

「その減らず口を叩けなくしてやる!」


 踏み込んで来たエドガーに対し、足元の砂をする蹴り上げる。

 決闘の作法も騎士道精神のカケラも無いがそこは許して欲しい。


 そもそも、こんな子供に大人気なく剣を振るう相手が悪いのだから。


「クソっ、このガキが!」

お前の最後だ!」


 チャンスと見て僕は剣を斬り上げる。

 剣先がかろうじて身体をかわすエドガーの頬に傷をつける。


「よくも、この俺の顔に傷をつけやがったな!」

「どうしたこんな子供に傷を付けられたからってなよ」


 さらに煽るが、エドガーの反応が鈍い。

 どうやら怒りが頂点に達したようだ。


「ころす……ころす……殺す!」


 エドガーの顔つきが変わる。


「このの亡者が。望的に救えないな。エサをくれる者に、際限なくシッポコが!」

「バカにするなぁ!もう死ねえ!」


 エドガーの剣に重苦しいほどの殺気が乗る。

 

 甲高い金属音とともに僕の剣が弾き飛ばされた。


「ハハハハ、もう終わりだ!死ねよ!」


 守るべき剣もない僕の脳天めがけてエドガーの剣が振り下ろされる。


 ―――間に合った。


 安堵する僕。



【突風(インペトゥス・ウェンティ)】」

「詠唱もせずに魔術が発動するはずが……何ぃい!」


 瞬間、風の魔術が発動しエドガーを吹き飛ばす。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 


 突然の風に吹き飛ばされたエドガーは、そのまま崖の下に落ちていく。


「やったぞ……」


 この高さから落ちれば、いくらエドガーと言えどもさすがに無事ではいられまい。


 僕は地面にうずくまり荒い呼吸を整える。


 エドガーを吹き飛ばした魔術。


 これこそが、僕とプレセア先生の研究の賜物だった。

 そもそも、呪文というものに懐疑的な僕が、いろいろアレンジしても魔術は発動するんじゃないかとの発想から生まれたものだ。


 要はABCと唱えさえすれば、魔術が発動するならば、それが「さんこんにちは。です。しましょう」という会話でも魔力を練ってイメージさえすれば、魔術は発動するんじゃないかと思ったわけだ。


 果たして、その仮定は正しかった。


 実験して成功したときの驚きと言ったら、言葉にも言い尽くせないほどだった。

 プレセア先生ときたら、これは魔術界の革命だと興奮していたっけ。


 あれやこれと、呪文の言葉を減らして詠唱破棄を目指すのではなく、いっそのこと何気ない会話に呪文を組み込んだら、相手に気づかれずに詠唱できるのではないかというコロンブスの卵的な発想だった。


 会話としては無理やりな部分が少なくないが、今回はどうやら疲れからくる錯乱と勘違いしてくれたのが功を奏したようだ。


 おかげで、末節を唱えるだけで魔術の発動が出来たワケだ。


 ひたすら意味のない会話を暗記する日々が報われて良かった。

 それにしても、敵を前にしたときに煽るパターンの会話を覚えていたのが良かった。

 これが相手を褒めるパターンだったらどうなっていたことか。


「どうやら、千載一遇のチャンスだったのは僕の方だったね。プレセア先生……やったよ」


 思わずそうつぶやくが、いつまでもこうしてはいられない。


 強者に勝ってこみ上げてくる喜びを、早くブランたちのもとに向かわなければならないとの焦燥がもみ消す。 


 まだ息は荒いが時間が惜しい。


 こうして僕は、傷ついた身体を引きずるように廃坑に向かうのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 


我は魔の法のかちなり。

風の声を聞き、風の歌を奉ず。

今こそ荒ぶる風を振るわん。

けよ風【突風(インペトゥス・ウェンティ)】


本来の詠唱は四節でした。

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