第32話 事後処理(じごしょり)

「知らない天井だ……」

「いや、アルの部屋だから」 

「うおっ!?」


 ちょっと、アニメの主人公のマネをしたら思いきり聞かれていたらしい。

 顔を赤くしながら、照れ隠しに話を続ける。


「僕はどれくらい寝てた?」

「まるまる1日」

「結構寝てたね」

「アル、ありがとう」

「ん?どうしたのいきなり?」

「アルがエドガーとも戦ったって聞いた」

「ああ、そのことか……ブランとプレセア先生が無事だったらそれで十分だよ」


 そう答えると、不満げな顔をする幼馴染み。

 ぷっくりと膨らんだほっぺが可愛らしい。


「どうした?」

「そこは『ブランが無事で良かった』だけでいい」

 

 どうやら、このお姫様は他の女性と一緒にしたからご立腹のようだ。


「ハハハハ……」

「笑ってごまかさない」


 僕らが久しぶりにそんな穏やかな会話をしていると、部屋の扉がノックされて両親がやってきた。


「おお、目が覚めたか……」

「アル……」


 一目散に駆け寄ってきて僕を抱きしめる母さん。

 またもその豊満な胸に埋もれて生命の危機。


「むう……」


 ブランが何やら唸っているが、まずは助けてよ。

 必死にタップする僕。


「アンネ、アルがまた死にそうになってる」

「あっ、ごめんなさい」


 どうやらまたディアナに助けられたようだ。

 苦笑いを浮かべながら、父さんが尋ねる。


「それで、アル。八熱地獄を使ったと聞いたが……」

「はい、理由は分かりませんが使えました」

「詠唱はどうしたのだ?」 

「してません」 

「詠唱をしてないだと……」


 実はこれには思い当たることがある。

 動けるようになったら実験してみたい。


「だが、八熱地獄が使えるなら……」

「父さん、すみません」


 その謝罪で父さんは、全てを悟ってくれたようだ。


 やっぱり僕には炎の魔術は使えないのだと。

 たまたま今回は、ブランたちに危機が迫っている状況だったから何とかなったようなものだが、根っこの部分で炎のトラウマは消えていない。


 シュレーダー辺境伯家を継ぐ者として、八熱地獄を使ったとなれば、この上ない箔となるだろう。


 そんな父さんの淡い期待に応えられない自分自身を忌々しく思う。


「……ああ、ダメなのは仕方ない」


 そう言い聞かせている父さんの姿を見ると、心から申し訳なく思えてくる。


「ところで、今回のことは……」


 僕は話題を変えようと、一連の経緯について尋ねる。


「うむ。全てはあの男の差し金だったようだ」


 父さんが『あの男』と呼ぶのは、前辺境伯で僕の祖父でもある【ニクラス】のことだ。

 領民に過酷な生活を強いた暗愚な領主だったと聞く。

 それ以上、話が聞けないので、僕に話せることはここまでなのだと悟る。


「しかし、よくブランたちを助けてくれたと褒めるべきか、勝手なことをしたと叱るべきか……」


 すると、父さんが不穏な発言をする。


 マズい。

 このままでは、父さんの説教が待っていると思い、助けを求めて母さんに助けを求める。


 ―――が、そこには鬼がいた。


 目も口角も三日月の形をしているが、決して笑ってはいない母さんのその表情に、僕は絶望する。


「あらあら、お話しが必要なのは決まっているわよね」


 そこから延々と母さんのOHANASHIが続いたのであった。




 母さんのありがたいお言葉を何時間ほど聞いていただろうか、窓から見える空がすっかり暗くなっていた。


 その間、父さんも席を立てなかったのだから、ご苦労様でしたとしか言いようがない。


 ようやく両親が部屋を出て行ってくれた。


「やっと終わった……」

「アルは無理し過ぎ」


 僕が情けない感想を漏らすと、唯一部屋に残っていた専属メイドさんまで苦言を呈する。


「もう許してよ」

「無理をしなくなるまで何度でも言う」


 そんな会話を交わしていると、ブランが何かを決心したように真剣な顔つきになる。

 そして、次に投げかけられた言葉は僕が思ってもいないものだった。


「ねえ、アナタは誰?」

「えっ?」

「前に気を失ってから人が変ったみたい」

「なるほど……」


 どうやら、この幼馴染みは僕の内心の変化を敏感に感じ取っていたようだ。

 ひとつため息をついて僕は考える。


 どうしようか……。


 それらしい嘘でごまかすのも考えたが、ブランにだけは嘘をつきたくないという思いもある。


「実は……」


 信じてもらえるかは分からないが、僕はこれまでの経緯を説明してみようと決心した。

 どこかで、ブランに秘密を隠していることに負い目を感じていたのかも知れない。


 僕は転生のきっかけや、前世のことをつまびやかに説明する。

 どこかで、こんな荒唐無稽な話は信じてもらえないだろうなと思いながら。


 だが、その反応は望外なものだった。


「うん。分かった」

「こんな話、信じられないよね」

「ううん。信じるよ」

「えっ?」

「私はいつもアルを信じてるから……ね」


 そう言って優しく微笑むブランの姿に、僕は一瞬見惚れてしまう。

 そんな僕を尻目に、ブランが僕のベッドに腰掛けると話をせがんでくる。


「それじゃ、前世の話をもっと教えて」

「う、うん。それじゃ……」


 ブランが信じてくれたことに嬉しさを覚えながら、僕は聞かれるままに前世の話をする。


 そこには、僕とブランのゆったりとした時間が流れていた。

 


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