第138話 活動開始(かつどうかいし)
「オラァ!さっさとアイツを出せやぁぁぁぁ!!」
教会として、女性や子どもたちの弱者救済を行うと広く喧伝し、活動が本格化して数日。
いわゆる駆け込み寺としての教会は、確実に結果を残していた。
冒険者の街というだけあって、様々な人々が集まるアグニスは、やはり男女間のトラブルや、突然に両親を失う子どもたちには事欠かなかった。
そして今日も、保護を求めて駆け込んで来た女性を追って、ひとりの冒険者が教会に乗り込んで来たのだ。
その女性は、付き合っていた冒険者から暴力を奮われる日々を憂いて、教会へと駆け込んで来たばかりだった。
「大司教さま……。もうこれ以上、ここにご迷惑をおかけするわけにはいきません。私があの男のもとに帰れば……」
「ホッホッホ。それでまた、殴られ、蹴られ、そして金をも巻き上げられるのですか?」
「でも…………」
「貴方は幸せになるべきです。決して、傲慢な男に食いものにされるために生きる必要はありません」
「ですが……」
「よろしいですか?神は全ての者に平等なのです。ゆえに、あなたが一方的に迫害されることは認めておられません。これまでに、よく頑張りましたね。これからは、怯えることなく過ごしなさい。そのために我々がいるのですから」
「あああああ…………、ありがとう……ありがとうございます」
「見てごらんなさい。すぐにここが、貴方たちを守るために存在するのだと分かりますから」
保護された女性に対して、そう言って宥めているのは、つい最近この教会の責任者として赴任してきたパウロ大司教であった。
神聖教会全体で見ても、十指に入るほど高い立場の人物だ。
本来ならば、このような辺境にやってくるような人物では決してない。
しかし、そこはマーガレット枢機卿からの肝いりの人事ということで、あり得ないことが起きていた。
「ある意味で、暴虐なる者を排除するのも我々の使命ですからね…………」
そう呟いたパウロ大司教の視線の先には、【
「放せッ!俺を誰だ…………ぐふっ。ギャッ!いやッ!やめッ!がはッ!」
狂信者たちに無言で殴られ続ける冒険者。
逃げたくても、魔術で拘束されているので動くことすら出来ない。
心すら折れるほどに殴られた冒険者は、そのまま髪の毛を掴まれて引きずられて行く。
向かう先は、教会の地下祭室。
そこは「祭室」とは名ばかりの窓すらない個室である。
その中で起きたことは決して外に伝わらない。
己の罪を悔い改めるまで、延々と
最終的には、罪人のその身柄は各国の司法に委ねられることになる。
ただし、それは教会からの【意見書】という名の指示書に書かれた内容に準じたものとなるのが公然の事実であった。
要するに、コイツはこんな罪を犯したから、このように処分して欲しいと書かれた文書とともに、教会で
さすがに教会と言えども、よっぽどのことが無い限りは、一国の住人を勝手に処刑する訳にはいかない。
そのための意見書であり、身柄の引き渡しであるのだが、各国での処罰は、概ね意見書に記された通りになることが多いのだ。
それは、どこの国も神聖教会との軋轢を恐れるが故の政治的な判断によるものだった。
実際に神が存在する世界における神聖教会という巨大な組織の力であった。
「あの……あの人はどうなるのでしょうか?」
虐げられていた女性が、パウロ神父にそう尋ねる。
「もしも、心の底から悔い改めるならば、そう悪いことにはならないでしょう。ですが、それがままならなければ……」
そう言葉を濁す大司教。
だが僕は、あの冒険者が行いを改めることはないだろうと予想する。
そもそも、か弱き女性や子どもたちに手を上げるというのは『
言い換えるなら、そういった弱者を殴らないというリミッターが外れた状態だ。
心の何処かでは悪いと思いつつも、いったん弱者に手を上げた者は、その後は何度も何度も同じことを繰り返す。
そういう性質なのだから、もはや直しようがないのだ。
僕が前世で救急隊員として勤務していた頃、そんな何度も繰り返される暴力の現場に赴いたことがあった。
女性が怪我をしたとの通報を受けて来てみれば、数日前にも来たことがある家。
やはりその時と同様に、大きな痣を作り頭から血を流した女性が泣きながらうずくまっている状況。
これまでも、当然のように警察もやってきて、原因となった男を逮捕したこともあるし、女性を行政の保護シェルターに避難させたこともある。
それでも、経済的な問題や様々な
そして、ついに恐れていた事態が発生する。
「女が倒れて動かない」
そんな通報で赴いた僕たち救急隊員は、そこで冷たくなっている女性を見つけた。
それは、紛うことなく、これまでに僕らが何度も救急搬送を繰り返した女性であった。
物言わぬ骸を前に、僕は悟ったのだ。
人の性質というものは決して変えられないのだと。
この世界は、人権という言葉が存在しない。
そのため、これまでに弱者を救済する立場の者がいなかった。
官憲は発生した罪は処罰するものの、その罪の未然防止といった意味での弱者対策には、全く手を付けていなかった。
そこで僕は数年前、教会に……当時のマーガレット司祭にその弱者救済を訴えたのだった。
その結果が、まだ王国の一部の地域だけではあるが、教会が弱者の保護に乗り出したこの現状であった。
マーガレット枢機卿も、酒を飲むと家人に暴力を奮う父親から逃げるために聖職者となった経緯があったようで、精力的に働きかけを行ってもらったところ、救われる人々が増えたのだ。
もっとも、それを自分だけの功績にすればいいのに、僕から提案されたと大声で宣伝するものだから、聖者認定をされかけて困っている僕がいる。
まぁ、少しでも弱者の助けになっているなら、そう呼ばれるのも仕方ないかなと思うようになってきた僕もいる。
恥ずかしいけどさ。
「そうそう、聖者殿……」
そんなことを考えていると、パウロ大司教が思い出したように話を振ってくる。
「あんまり教会に乗り込まれるのは、孤児院の子どもたちにとっても良い影響はありませんな……」
「そうですね……」
「いっそのこと、孤児院と教会を分けませんか?」
「えっ!?」
「幸いにも、先般、聖女様が均して下さった土地もありますし」
「確かに、あそこはどう利用しても良いとは言われてますね」
「ええ、ですから。ちょちょいと、奇跡の御業で教会や寄宿舎等を作ってもらえませんかな?」
「……………………最初から、そのつもりでした?」
「ホッホッホ、それはどうでしょうかな?」
大司教が詰めて、大々的に弱者救済を行うには手狭だと思ってはいた。
だが、そこに僕の【創造(クレアーレ)】ありきの計画だとは思ってもいなかった。
「だから、教会の上層部は嫌いなんですよ。二重にも三重にも仕掛けてくるから…………」
「お褒めいただいて光栄ですな」
「うううう」
ちくせう、こっちが本命だったかぁ。
素直にこんな大物を派遣するなんて、マーガレット枢機卿にしてはやけに好意的だとは思っていたんだよな…………。
「どんな感じに作れば良いのか分かりません」
「ちゃんと模型を作って来ました」
「美術的なセンスは全くありませんよ」
「大丈夫です。お抱えの画家や彫刻師を連れてきています」
「…………うううう」
「当然、報酬はお支払いします。器だけで結構ですから」
「お断りは…………」
「個人的には、地下祭室も礼拝堂とは分けたいんですよね。たまに音が漏れることもあるじゃないですか」
「…………うううう、分かりましたよ」
「ありがとうございます。枢機卿にも良い報告が出来そうです」
逃げ道は最初から潰されていたようだ。
こうして僕は、教会を中心とした街づくりに関与することになってしまったのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ケルンの大聖堂、ミラノのドゥオーモのような大規模な教会やその周辺の建物群となることでしょう。
本来ならば、何十年もかけて作り上げるのですが……。
次回にご期待下さい。
拙作で『第8回カクヨムWeb小説コンテスト』に参加します。
みなさまの応援をいただけたら幸いです。
追伸
『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』
『自己評価の低い最強』
の2作品もエントリーしますので、そちらにもお力添えをいただけたら幸いです。
更新は三日後です。
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