第42話 廉頗負荊(れんばふけい)

「まあ、そんな訳で僕は、民のために尽くしたいんでここに来たんだ」 


「そんな訳って、どんな訳よ。そこの白髪との言い合いを無理やり終わらせただけじゃない」

「クレア、そこは見ないでおいてやれよ」


 クレアのツッコミと、クレスの優しさが身に染みる。

 せっかく身分を明かしたんだし、僕は彼らに協力者になってもらおうと考える。


「僕の目的はこのスラムを何とかしたいと思ってるんだ」

「はあ?」


 そんな目的を、告げると真っ先に睨みつけてきたのはやはりクレアだった。


「何とかできる訳ないでしょ。見なさいよこの惨状を。街のくだらない勢力争い。夜な夜な徘徊する殺人鬼。横行する人さらい。この街じゃ、力を持たないのが悪。女子供は理不尽な暴力から逃げるために、こうして地下に潜まなきゃならない。どこをどうすれば何とかなるって言うのよ!これも全てあんたら貴族が無能だったからじゃないか!」 

 

 彼女は怒りに身を震わせながらそう叫ぶ。


 それはこの街をずっと見てきた者だからこその心の叫びであった。


「……すまない」

 

 僕はそう答えるしかなかった。


 何せこうしてチラリとでも見るまでは、スラムの現状すら理解していなかったのだから。


 正直、何らかの経済援助を取り付けて、住民生活を豊かにすれば環境は改善するだろうと思っていたのだが、思った以上に根は深いようだ。



 僕が素直にアタマを下げたことに驚いたのか、一瞬言葉に詰まったクレアであったが、すぐに鼻で笑うと言葉を続ける。


「ハン、あんたっておかしなヤツだね。さっきは、まだ自分は貴族じゃないって言ったのに、貴族が責められると、まるで自分のことのように謝るんだね」 

「仮にも貴族の父親に食べさせてもらってる身だからね。悪いってところは素直に受け入れるよ」 

「まあ、すべての元凶は前の辺境伯だってのはみんな知ってるんだ。何の対策すらもせずに、ただ領都にふさわしくない者、弱者。身寄りのない子ども。邪魔なものをすべてここに押し込んだってね」 

「それが祖父だからね。僕はもう謝るしかない」 

「その時代には生まれてもいないくせに」


 クレアがため息をつきながら笑いかけてくる。

 どうやら、先程までの刺々しさはなくなったようだ。

 こんな短い時間でも、少しは分かり会えたのだろうか。


「クレア、もうそのへんにしとけ」

「分かったわよ」


 クレスが言いたい放題のクレアを制止すると、僕らに向き直って謝罪する。


「申し訳ありませんでした。妹の発言は……」 

「ストーップ!もういいから」

「でも……」

「こっちは、本音を聞けてありがたいんだから、謝罪はいらない」 

「ですが……」

「とりあえず、このスラムを何とかしたいって考えは変わらないから、いろいろと教えてくれ」

「はい。私たちで良ければ」


 そうクレスがうなずくと、合わせて周囲の少年たちも同じようにうなずく。

 そしてクレアも、ため息をつきながらもうなずいてくれた。


 どうやら少年たちの協力を得られるようだ。

 スラムの内情を知る上で、これ以上ない協力者になるだろう。


 さっそく話が聞きたい。

 


 ―――だがその前に。


「まず、風呂に入れ」


 僕は無詠唱で【湯弾(カリダ・アクア)】を展開し、少年たちにお湯の玉をぶつける。


 君たちが気が高ぶらせて汗をかくから、またブランが鼻を押さえたじゃないか。


「……くちゃい」


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