第75話 不羈奔放(ふきほんぽう)

 どうしてこうなった……。


 僕は今、痛む頭を押さえてうずくまっている。


「痛ててててて……」

「それくらいですんで、ありがたく思う」

「僕、またやっちゃった?」

「いつもどおり」

「あちゃ~」


 先程まで、顔役らと激論を繰り返していた僕が、いきなり可愛らしい少女にブン殴られたのを見て、周りの人々は言葉もでない。


「嬢ちゃん、いきなり殴るのはどうかと思うぞ」


 ややひきつった笑いを浮かべながら、顔役がブランに注意をするが、彼女は表情も変えずに答える。


「アルがこうなったらもう止まらない。いったん冷静にさせる」

「いや、わしらは大変貴重な意見を聞けてありがたかったのだが……」

「これからも、やらなきゃならない依頼がいっぱいある。話すなら後で」


 ブランの正論に一同が黙り込む。


「申し訳ありません。つい、熱が入ってしまいました。彼女に止められなければ、いつまでもお話ししてましたね」


 とりあえず僕は自分の非を認めて、そう謝罪するのであった。



 時は遡る。

 顔役から依頼を受けた僕は、排水溝の掃除に勤しんでいた。

 魔術を用いて、強力な水流で汚れを押し流していく。


 水が飛び散らないように排水溝には簡単な結界で蓋をするので、イメージ的にはホースの内側の汚れを水で押し流す感じだ。

 集めた汚れをそのまま下水道に流せば、この依頼は終わりだ。


 魔術が使えさえすれば、簡単な作業だが、掃除する排水溝がやたらと長いため、魔術を使わなければ大人数の力仕事になっていたことだろう。


 すると、鼻歌混じりに作業をしていた僕の目に、その光景が飛び込んできた。


 僕はあまりの光景に言葉を失う。


「なんじゃこりゃああああああ!」


 そこは、狭い道にびっしりと木箱やゴミが積み重ねられている路地と、やたらと入り組んだ街並みだった。


 そうだった、この世界に防火だの防災だのという言葉はなかったんだ……。


 建物自体は石造りで、火事があっても延焼しにくいのに、燃えやすいゴミや木箱があちこちにあるせいで、いったん火が出れば、あっという間に街中に燃え広がることが予想される。


 しかも、こうも街が入り組んでいては、何かあったときには迷ってしまい、逃げ切れない人が続出して、被害が大きくなってしまうのは間違いない。


 僕の胸にムクムクと、いち消防士だったころの使命感が甦る。


「これはしっかりと防災診断をしなくては……」


 僕はさっさと排水溝の清掃を終らせると、すぐに顔役のもとに向かう。


 顔役は僕が素早くかつ、きちんと清掃を終えたことに驚く。


「おおっ、こんなに早く清掃を終らせるなんて、なかなか見込みある冒険者じゃな」

「そんなことはどうでもいいです」

「は?」

「この街が危険です。早速、防災診断をしますので立ち会いをお願いします」

「はぁ?」


 こうして、僕の冒険者生活は初日から脇道に逸れたのであった。



 







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