第200話 後悔噬臍(こうかいぜいせい)

「お、お……俺は……」


 自分が仕出かしたことの大きさを知って、青ざめるロイド。

 この町を牛耳る【フィデス商会】と共に旅をする約束をしてしまったのだ。

 裏があると知れば、どう考えても仲良く楽しく旅をするはずがない。

 そこに思い至ったロイドが、身体から血の気が引くのもやむを得ないことだろう。


「なぁなぁ、そんな約束なんて、シカトすればいいんじゃねえか?」


 あまりにも意気消沈しているロイドを気づかって、殊更明るい口調で提案するカズキ。

 今はその能天気さが、場の雰囲気を和らげてくれるかと思われたが、それでもロイドは沈痛な表情を崩そうとはしない。


「ダメなんだ……。もう、契約をしたから、守らないと……莫大な違約金が……」

「とりあえず、何があったのか話してみてよ」

「ああああああああ……」

「う~ん、ちょっとこのままじゃ厳しいね。アリシア、代わりに教えてくれる?」


 自分を追い込みすぎて、落ち着いていられないロイドは、とうとうわめきだした。


 僕はこのままでは埒があかないと、ロイドとともにその場にいたであろうアリシアに、何があってこうなったのかを尋ねることにした。


「うん……」


 そうして、アリシアから聞いた顛末はこうだった。


 情報収集のため、この町の商業ギルドを訪れたロイドとアリシアは、そこで【フィデス商会】の商会主を紹介されたらしい。

 商会主の名は【リー・フィデス】。

 恰幅のよい人族の男だそうだ。


 彼はロイドたちが旅で北に向かうと聞くと、共に隊商キャラバンを組まないかと提案してきたという。


「自分たちは何度も北に向かっているし、優秀な護衛もいるからって……」


 そう言って表情を曇らせるアリシア。


「ロイドさんは、最初は『仲間たちと話し合って決める』って言ってたんだけど、相手が『商会主と言えば一国一城の主だ。周りに流されるようでどうする。肝心なことは自分で決めなくてはダメだ』って……」


 ふむふむ……なるほど。

 どうやら、相手はロイドの承認欲求をうまく刺激したようだね。

 相手をおだてながら、自分の望む選択をさせる手法だ。


「他にも隊商キャラバンを組む商会もあるし、何なら私たちが抱えている今の商品を相場の5倍で買い取ってもいいからってしつこくて……」


 そして、他にもいるから大丈夫という安心感を与えるバンドワゴン効果や、利益誘導まで行ってきた訳か。

 ここまでやられたら、仕方ないかもなぁ。

 5倍で買い取るなんて、普通に考えたらあり得ないほどの破格な条件だ。

 むしろ、ロイドが僕たちの情報を聞く前までは、よい取引が出来たくらいに考えていたことだろう。


 スラムで育ったロイドは猜疑心が強いはずだから、そうは簡単には口車には乗らないはずなんだけど、これは相手の方が一枚も二枚も上だったようだ。

 おそらくは、もう何回も同じことを繰り返してるんだろうな。

 それくらい手際が良すぎる。


 となると、その狙いは……。


 僕が【フィデス商会】側の出方を予想している間、それまで身体を震わせながらもじっと耐えていたロイドに限界が来た。

 このままでは仲間を危険に晒してしまうことに対して、良心の呵責に絶えきれなくなったのだ。


「俺はなんてバカなことを……。ああああああああああああああああ!!!」


 自らを責めるかのように、テーブルに何度も何度も頭を打ちつけ始めるロイド。

 おいおい、ケガをしちゃうぞ。


 周囲の面々は、そんな奇行を遠巻きに見ているが、あまりにも哀れだ。


 そんな中で、ひとりブランだけは我関せずと食事を続けている。


 ―――ガチャン。


 すると、ロイドがちょうど強く頭を打ち下ろした衝撃で皿が跳ね、中身のスープがブランの指先にかかる。


「…………………………あっ」


 周囲の者たちは、見てはならないものを見てしまったかのように誰もが言葉を失う。


 水を打ったかのように、一瞬にして場が静まりかえる。


 しかし、ロイドだけは自分が今何をしたのかを理解せぬまま、延々と頭を打ちつけている。


「お……おい、ロイドさんを止めろ……」

「マズイ……」

「ヤバいよ……、ロイドさん……」

「絶対に姉御はキレてるぞ」


 本人は全く気づいていないが、ロイドが更にやらかしたのだと誰もが悟る。


 すると、そんなロイドをジロリと睨んだブランは、すぐに魔力を練り上げる。

 

「うるさい……【麻痺パルシー】」


 詠唱破棄の魔術を、その身に受けたロイドは、ピクンと跳ねるようにして身体を強張らせて、そのまま椅子から崩れ落ちるようにして床に転がる。


「スラム育ちのクセに気が小さい。アルがいるんだからジタバタしなくていい」


 おいおいおいおい。

 ブランさん?

 ちょ~っと、僕への信頼感が大きすぎやしないかい?

 頼りにされるのは構わないけど、そこまで信頼されると僕もちょっと焦るよ?

 ねぇ、そこんところ分かってる?


 そんなことを考えながら、僕がジッとブランを見つめていると、彼女は僕を見返しては挑発的に尋ねてくる。


「……だよね?」


 はいはいはいはい。

 そこまで言われちゃ、出来ませんとは言えないなぁ。

 まぁ、どっちみち【フィデス商会】を叩かないと、この町は平穏を迎えられない訳だしね。


 こうなったら、やってやろうじゃないか。


 僕はひとつため息をつくと、苦笑いを浮かべながら大きく頷くのだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ブランの期待が重くて大変ですが、主人公はやる気になったようです。



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