第150話 一罰百戒(いちばつひゃっかい)

「糞がァァァァァァァァ!!」

「畜生ッ!アイツら、どんな悪運だよ!」

「ホントに帰ってきたの?死体で帰ってきたってことじゃなくて?」

「間違いないみたい。今、ギルドマスターの部屋でいろいろと話し合ってる」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!糞がァァァァァァァァァ!!」


 ここは【神旗の約定】の定宿の一室。


 リーダーであるイアンが、怒り狂って床に叩きつけた木のコップが粉々に砕け散る。


 彼らが荒れているのには理由があった。


 まだ裏付けの取れていない状況ではあるか、どうやらあの【輝道の戦士教え子たち】がギルドに戻って来たらしい。

 そして、それを助けに向かったという【反逆の隻眼】も同様に帰還したとも聞く。

 

 数刻前までは、輝道の戦士教え子たちは今頃蝎獅マンテちィコアの腹の中だろうと仲間内で嘲笑っていたのが嘘のように、今は緊迫した雰囲気だ。


 これから死ぬ身の相手だと確信していたからこそ、ことの顛末をワザワザ説明した。

 少年たちの絶望した顔が見たかったばかりに。

 だが、今回はそれが仇となった。


 輝道の戦士アイツらの口から、自分たちのことが明らかになれば、教え子を失った哀れな冒険者から一転してお尋ね者の仲間入りだ。


 それでも……、それでも死ぬよりはマシだ。

 そう考えた彼らは直ちに動く。


「おい、逃げるぞ!早く準備をしろ!」

「あっ、ああ」

「分かったわよ!」

「……チッ」

 

 自分たちが置かれた状況に苛立ったせいで、ついつい語気が荒くなるイアン。

 他のメンバーも自分たちの立場を理解しているため、ことさら反対することはない。


「幸いにも、夜の闇に紛れれば逃げることはそう難しくもないはずだ」

「ああ、夜間の依頼だと言えば何とかなるだろう」

「もしも、何らかの手が回るなら、真っ先にここに来てるはずよね」

「……そ、そうよね。まだチャンスはある」

 

 こうして、優秀な冒険者のふりをした外道冒険者たちは、夜陰に紛れてアグニスの街を出ることになるのであった。


          ★★


「どちらに行かれるのですか?」


 アグニスの街を離れてしばらく過ぎたころ、【神旗の約定】の面々は背後から声をかけられる。


 すわ追手かと緊張して振り返った一同の目の前には、冒険者ギルドの受付嬢の姿があった。


「なんだ、リリーさんです…………えっ?」


 あまりにも自然な笑顔だったので、思わずそう答えてしまったイアン。

 だが、すぐにその異質さに気づく。


 自分たちが街を出たのは何時間も前のこと。

 街からだいぶ離れているにも関わらず、どうして受付嬢がここにいる?


「あらあら、ダメですよ〜。気を抜きすぎです。本当に優秀な冒険者さんたちなら、ここで先手を打って攻撃してくるところですよ」

「……………………何者だ?」


 その異常さに恐る恐る問いかけるイアン。

 他のメンバーも、ここに来てようやく武器に手をかける。


「それにしても、迂闊でしたね。輝道の戦士新人くんたちが死ぬと判断して、ペラペラと悪事を話すなんて……。相手が確実に死ぬ状況じゃないと、秘密は明かしちゃダメなのですよ」


 そう言いながらリリーは、懐から一面の仮面を取り出し自分の顔を隠す。


「【審判の天使】の仮面!?」

「まさか、【調律師チューナー】か!」

「くっ!」

「…………かはっ!」


 慌てて戦闘態勢に移った【神旗の約定】たちであったが、その瞬間に魔術師のジーナの喉から鮮血がほとばしる。

 喉を押さえてのたうち回る女魔術師。


 いつの間にか【神旗の約定】の背後に回り込んだ仮面姿のリリーは、短刀を持たない方の手で、女魔術師にポーションをかける。


「喉を切られても、血が止まりさえすれば死にはしませんから安心してください。では殺しませんので」


 何事もないように言ってのけるリリーのその姿に、恐怖を覚えた残りのメンバーはなりふり構わず、ただただ我武者羅に襲いかかる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「よくもぉぉぉ!!!」

「死ね、死ね、死んじゃえええええええ!!!」


 仮にも中級と呼ばれる冒険者たちの一斉攻撃。


 だが、リリーは余裕でこれを捌き、ジーナの喉を裂いた短刀で、斥候のドミニクの両手両足の腱を断つ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 為すすべもなく無力化されたドミニクは、涙と鼻水を撒き散らしながら狂ったように泣きじゃくる。


 またひとり貴重な戦力が奪われた。

 

 イアンは調律師チューナーが対人戦に優れているという噂は本当だったと実感する。

 そして、追い詰められた彼は、自らが助かるために信じられない行動をとる。


「ふん!」

「きゃあ!!」

「!?」


 リリーと接近戦を繰り広げていた女拳士ポーラを背後から蹴りつけたのだ。

 予想外のことに思わず悲鳴を上げるポーラ。

 リリーもポーラを避けるために大きく間合いを外す。


 その一瞬。


 半呼吸もないほどの刹那の時間を稼いだイアンは、残されたポーラに背を向けて脱兎のごとく逃走する。


(悪いなポーラ!)


 あの悪魔のような相手から逃げられたことについ頬が緩むイアン。


(お前たちの仇はいずれ…………)


 そんな心にもないことを考え、自己肯定することで罪悪感をも紛れさせようとしている。


 逃げ切ったら、どこか知らない国でほとぼりが冷めるまでひっそりと暮らそうか。

 ついには、そんなことまで考える余裕すら生まれたイアン。


 それもそのはず。

 イアンがリリーのもとから逃走を始めて2時間あまり、もう戦場からはだいぶ離れたはず。


 ここに至っても追いかけて来ないならば、リリーは諦めたのだろう。


 そう思って足を止めた瞬間、イアンは言いしれぬプレッシャーを感じ、呼吸を忘れるほどの恐慌状態に陥る。


(何故だ?何故だ?何故だ?何故だ?何故だ?なぜだ?なぜだ?なぜだ?なぜだ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?……………………………)


 それは、どろっとした濃厚な殺意がイアンに向けられていたからだ。

 それも四方八方から。


 慌てて周囲を見渡すと、リリーと同じ仮面姿の者たちが数え切れないほど立っていたのだ。

 

 もはや、どこにも逃げ場はない。


「ひいいいいいいいいいいいっ!!!」


 たちまち腰が抜けてへたり込むイアン。

 その股間が温かく湿るも、そんなことに気を回すゆとりすらない。



 すると、イアンの背後から聞き覚えのある声がする。


「あらあら、かけっこはもうおしまいですか?」


 それは確かに引き離したはずのリリーであった。


「たたたた……た、たすけて……。たすけてくれ……」

「今回の任務って、なかなか大変だったんですよ。ずっと、貴方たちを見張っていなくちゃなりませんでしたし、まさかあんな魔物に襲われるとも思ってませんでしたしね」

「オレが……オレが悪かった……」

「本当に、あの方たちがいなければ死んでいるところでした」

「頼む頼む頼む頼む頼む………………」


 ひたすら謝るイアンだが、彼女には一切話が通じていない。


「殺さないで……。お願い、殺さないでくれ!」

 

 するとリリーは、ゆっくりと仮面を外してからおもむろにイアンの顔面を蹴りつける。


「なぁ、ゲス野郎。そう言って、お前たちに殺されたヤツは何人だ?お前たちはソイツらを助けて来たのか?なぁ?ああ、安心しろ、全てを明らかにするまでは生かしておいてやる。そして全てを話したら…………」


 次に仰向けになったイアンの胸を踏みつけたリリーは、その場にいる誰よりも強い殺気を込める。


「誰よりも惨たらしく殺してやるよ」

「……………………!」


 その言葉に自らの運命を悟ったイアン。

 もはや、抵抗する素振りすら見せない。



 そして最後に、リリーは満面の笑みを浮かべてイアンに告げる。


「ねっ、こうして確実に殺せる時じゃないと秘密を明かすものではないのですよ」


          ★★


 翌朝、【神旗の約定】の面々の死体がアグニスの街外れで見つかる。

 それは、ひどい拷問を受けたことが誰にでも分かるほどに凄惨な姿であった。


 そして、冒険者たちは理解する。


 これが『冒険者の掟』という不文律に従わなかった者たちの末路であると。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


狂信者ですね調律師も。

この章の副題は『狂信者』の方が良かったかも。


書いているうちに興が乗って、いつもの三倍になってしまいました。

この章もあと二話ほどで終了の見込みです。


アグニスの冒険は一段落というところでしょうか。


そろそろ、北のおじいちゃんのところにも行ってあげないといけないでしょうから。


次回の更新をお待ち下さい。


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