第54話 因果覿面(いんがてきめん)

「この狼藉者め!儂を先代【八熱】と知らなかったのが、貴様らの敗因よ!死ねええええ!」


 僕らの姿を見て真っ先に動いたのは、祖父のニクラスだった。

 現状を把握して戦闘態勢を取ったのは評価出来るけど、いかんせん遅い。


 魔術の詠唱ばかりでなく、頭の回転もだ。


 わざわざ御託を並べる暇があったら、詠唱を始めるべきなのに、何を騒いでいるのやら。



 ふわりと騶虞すうぐから飛び降りたブラン……いや、ホワイトが詠唱中のニクラスの腹を殴りつける。


「げぼぉっ!」


 ニクラスは、たった一撃でうずくまり、吐瀉物を撒き散らす。


「ぎざま゛……」


 憎々しげにホワイトを睨みつけるニクラス。

 だが、詠唱を中断させられては反撃する手段もない。


 そこにようやく、カイウス商会の護衛がやってくる。

 主力は地下にとか言っていたので、準主力クラスなのだろうが、もたもたしているその姿を見ると、その主力とやらの実力も推して知るべしであろう。


 護衛のひとりが【火玉】の詠唱を始める。

 するとホワイトは、目の前のニクラスを前蹴りで壁に叩きつけると、詠唱中の護衛に襲いかかる。


 前世の『サイ』は火を見ると急いで駆け寄り、足で踏みつぶして消す習性があることから、『森の消防士』と呼ばれていた。


 今のブランは、何となくそれに近い気がしてきた。


 炎の魔術を使おうとする者がいると、何を捨て置いても、その者を排除していた。


 先の詠唱を始めた者など、喉を潰されて、涙を流しながらもがいている。

 あっ、別な護衛の魔術師はピンポイントで顎を殴られて意識を飛ばされた。


 特に何度も詠唱をしようとしているニクラス祖父は集中的にボコられていた。 


 それはもう、トラウマになるほど繰り返し繰り返し……。 

 何せわざわざ治癒魔術で傷を癒やし、意識を取り戻してから、再度殴っているのだ。 

 これは永遠に続く悪夢だ。


 祖父は今後、八熱地獄の詠唱をする度に殴られる記憶が蘇ることになるだろう。


 魔術はイメージが大切。


 それなのに、詠唱する度に殴られる記憶ノイズが入るようになってしまっては、イメージがまとまることは望めないだろう。


 今日、ひとりの八熱地獄の使い手が死んだようなものだ。


「頼む、頼むから止めてくれ……。頼む……」


 ニクラスが泣きながらうずくまっている。

 もはや、心も折れてしまったようだ。


 すでに肉親の情はないが、あまりにも哀れ過ぎた。

 だからといって、多くの人々を犠牲にした罪は消えないがな。

 この男祖父には、殺し屋を送られもしたし、個人的にも許すつもりはない。


 僕は軽く腕を振ると、無詠唱でとある魔術を展開する。

 

「うわああああああ!」

「何だ、何だこれは!」

「凍る、身体が凍る!!」

「たっ、助けてくれえええええ!」


 部屋の中が阿鼻叫喚に包まれる。


 僕が放った魔術は、試作型八寒地獄第二獄【尼剌部陀にらぶだ

 完成すれば、辺り一面を瞬間的に凍らせることが出来るようになる……はず。


 今はまだ出力が足りないので、部屋の中の全ての敵の腰から下までを凍らせる程度。


 まぁ、これで逃げられなくはなったかな?


「「「イーッ!イーッ!イーーーーーッ!」」」


 階下から、戦闘員……いや、スラム育ちのフォティア商会従業員からの合図の声が響き渡る。


 どうやら、上手く奴隷を開放出来たようだ。

 主力が向かったと聞いて、ちょっとドキドキしていたが、さすがに一芸とは言え、詠唱短縮で魔術を使える者がゴロゴロしていれば力押しで何とかなったようだ。


「ブ……。いやホワイト。もう十分だ」


 階段を上って来るカイウス商会の用心棒を、片っ端から蹴り落としていたブランに声をかける。


「……ん」


 まだ、暴れ足りないブランだが、作戦だからと囁くと、しぶしぶ真っ白な騶虞に跨がる。


「それではクヌート・フォン・カイウス殿、我々はこれで失礼するよ」

「……じゃ」

「法の裁きを楽しみにしているよ」


 そう告げると、僕は麒麟に跨り相室した壁から外に出る。


 一緒にやってきた戦闘員たちも、慌てて外に出ていく。

 何かカッコつかないな……。


 まあ、気を取り直して、僕は最後の挨拶をする。


「我々は、貴公の悪行を全て知っている。ゆめゆめ忘れぬことだ」




 クヌートは覚めた目で、立ち去る仮面騎士たちの背中を見つめていた。

 彼は、仮面騎士に己の下半身が凍らされても焦ることはなかった。

 どのみち自分の力では抗える術はないのだと達観していたからであった。

 それは、諦めというよりは、出来ないことをハナから捨てているが故の無関心とでも言おうか。


 仮面騎士たちが撤退し、お抱えの魔術師が数名がかりで、ようやく氷の魔術を無効化したときも、それほどの喜びもなかった。 


 クヌートの脳裏にあるのは、これからの対応のみ。

 この騒ぎを聞きつけた官憲は、喜んで屋敷に乗り込んで来るであろう。

 二階からも、官憲の一部が屋敷を取り囲んでいる姿が見える。

 もはや、逃げ出すことは不可能。


 奴隷市が露見し、関係していた貴族たちも芋づる式に捕縛されるであろう。


 カイウス商会としては、屋台骨が揺るぎかねない大失態だ。


「ヴォイド」

「はっ、およびでしょうか?」


 クヌートが、焦ることもなくひとりの男の名を呼ぶ。

 それは、カイウス商会傘下のとある商会の主であった。


「この屋敷は以前からお前のものだった」

「……は?」


 突然の宣告に驚くヴォイドと呼ばれた商会主。


「私はたまたま、お前に呼ばれたからここに来たのだ」 

「クヌート様……、そっそれは……」

「ああ、嘆かわしいことだ。傘下の商会がこのようなことをしていたなどとは……」

「わっ、私を人身御供にするおつもりか!?」

「私は

「クヌート様!」

「………………はい」


 ヴォイドはガックリと項垂れる。

 仮にクヌートが処断されるとしても、この場にいた自分も同じように罪は問われることは必定。

 ならば、自分が全ての罪を被り、家族を生かす選択をする他ないとの結論に至る。


「家族のことは任せよ」

「お願い致します」


 こうして、クヌートは罪を免れることになる。


 いくら証拠が出ても、知らぬ存ぜぬで通されればそれ以上の追及は難しい。

 早い段階から、クヌートと関係が深い他の貴族からの横槍が入るからだ。


 それこそが【商人王】の力であった。


 こうして、謎の【仮面騎士ペルソナエクエス】たちによって奴隷市は殲滅されたものの、追及の手が首謀者に及ぶことはなかった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 お読みいただいてありがとうございます。

 出来れば★の評価をいただけると幸いです。


 拙作の


『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』 


『自己評価の低い最強』 


の2作品もよろしくお願いします。


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