第110話 周章狼狽(しゅうしょうろうばい)

「ハァハァハァ……。こっ、これは夢だ……、こんなことがあっていいはずがねえ」


 そう呟きながら、鬱蒼と茂る下草をかき分けて【蒼穹の金竜】のリーダーである双剣士の【ソウシ】は、必死に逃げ続けていた。


 もう何度、自分の頬をつねったか分からない。

 それでも感じる痛みは、これが現実だと彼に告げていた。


 金や権力で立場を買ったであろう少年たちガキどもを脅して、魔物の討伐を許可させた。

 これで【反逆の隻眼】【輝道の戦士】たちよりも先行出来たと喜ぶ【蒼穹の金竜】の面々。


 同じ孤児院出身の彼らは、財政難に陥った孤児院にどれだけ金を入れられるかを競っていた。

 孤児院の院長は、そんなことはする必要はないと彼らの暴走を戒めるも、誰ひとり聞く耳を持たなかったのだった。


 採取や手伝いの依頼とは異なり、討伐は実入りが良い。

 討伐自体の依頼料の他に、素材を持ち帰れればその分の報酬も得られる。 

 しかも、間違って2ランク上の魔物を倒せれば、ランクアップの恩恵もある。

 まだ、世間を知らず、魔物の恐ろしさを知らない彼らは、それがどれほど短絡的な考えであるかを理解できない。

 それでも、自分たちなら出来るという根拠のない自信に満ち溢れた彼らを止められる者は誰もいなかった。


 本来であれば、先達の冒険者に様々なことを教わってから初めて討伐に臨むことが可能になるのだが、ソウシたちは充てがわれた指導者が自分たちよりも年下なのをいいことに、無理矢理に指導が終わったことにさせたのだった。


 そうして、初めての討伐に臨む。

 

 最初のうちは浅層にいる一角兎を危なげなく倒していたが、そのうちに剣士の【カズキ】がもっと大物を狙うべきだと主張した。

 想像以上に上手く行っていたことが気の緩みを生んだのだろう。


 そして、これに賛同するのは斥候の【マヤ】だった。


「ソウシ、まだ日も高いし体力も問題ない。もう少し大物を狙うべきだ」

「そうね。私達なら出来るわ」


 魔術師の【カノン】はこれを否定するも、結局は数の暴力に屈してしまう。


 そしてついにその時がやって来た。


 群れから逸れた金剛鹿を仕留めて、和気あいあいと素材の剥ぎ取りをやっているところに、他の魔物が現れたのであった。


 かぼちゃの頭にマント姿。

 長い大鎌を手にした魔物――【ジャック・オー・ランタン】であった。


 それは音もなくマヤの背後に現れると大鎌を一閃。


 マヤの首が地に転がり落ちた。


「マヤ!!」

「ひっ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 仲間たちがそう叫ぶが、その判断が既に過ちであった。

 本来ならば、叫ぶ前に守りを固めるべきだったのだ。

 だが、そんな初歩的なことまで考えが及ばない彼らは、倒れ込んだマヤの躯に気を取られてしまう。


 その瞬間、ジャック・オー・ランタンの鎌が二人目の命を奪う。

 次の犠牲はカズキ。

 その胸に深々と大鎌が突き刺さる。


 この時点になって、ようやくソウシは逃げるべきだとの判断に至る。


 ジャック・オー・ランタンは討伐ランクDの上位。

 あらゆる物理攻撃は効果をなさず、その大鎌には恐慌、麻痺の効果もあるとされている。


 彼らにとっては、どう逆立ちしても勝てない相手であった。


「カノン、逃げるぞ!」


 ソウシは座り込んでしまったカノンの手を引いて立ち上がらせると、そのまま逃走を始める。

 逃げるあてなどない。

 だが、ここにいては確実に殺される。

 そんな思いから、走り続けていた。


 どれほど逃げていたろうか、ふとソウシは、繋いでいるカノンの手が軽くなった感覚にとらわれる。

 何となく後ろに視線を向けると――――いない。


 そこには誰もいなかった。


 繋いだ手を見ると、肘から先が切り落とされたカノンの手だけがそこにあった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 思わずカノンの手を取り落とすソウシ。

 腰を抜かしてしまう。


 みんな死んでしまった。


 それは、彼ら自身の軽率な判断のため。


 あの時、指導に就いた少年は何と言っていただろうか……。


「今の大森林はおかしな状況になっている。深層の魔物が中層に出てきているということは、それが、浅層に起きても不思議ではない。だから、先達に学んでから討伐に臨むべきだ」


 そんなことを言われていたが、自分たちなら何とでもなると思っていた。

 自分たちなら、切り抜けられると思っていた。


 それは若者特有の全能感であった。

 世の中を知らないばかりに、自分の実力がどのあたりにあるのか分からずにいるのだ。


 そんなことを気づいたときにはもう遅かった。


「すまない、みんな。すまない。すまない……」


 ソウシは震える足を拳で叩き、何とか動けるようにすると、一歩一歩と逃走を再開する。

 せめて、このことを誰かに伝えなければ……。


 その思いで、彼はあてもなく進むのであった。



 だが、そんな逃走劇もついには終わりを迎える。

 背の丈程もある雑草をかき分けた先に、ジャック・オー・ランそいつは佇んでいたのだ。


「あっ……」


 もはや、逃げる気力すら失ったソウシはその場に膝をつく。


 音もなく空を近づくかぼちゃ頭。

 その目から覗く青白い炎がやけに禍々しく思えた。


「みんな……ゴメン」


 そう呟くソウシの脳天にジャック・オー・ランタンの大鎌が振り下ろされた。










 ―――終〜了〜。



 楽しそうなその声に目を開くソウシ。

 周囲を見渡すと、死んだはずの仲間たちが心配そうにソウシの姿を覗き込んでいた。


「…………こ、ここは?」


 ソウシがかすれる声でそう呟くと、ひとりの少年が笑顔で近づいてくる。

 それは、彼らを指導する立場の少年――アルフレッドと言ったか。


 紅蓮の髪を持つ少年は、満面の笑顔で告げる。


「いい夢、見れたかよ?」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ってな訳で、夢オチでした。

夢だと結構残酷な描写でもいいので、ノリノリで書いていました。


ジャック・オー・ランタンも書いたのがハロウィンでしたのでね。

ハロウィンから更新は少し遅れましたが、そこは許していただけると幸いです。



最近、本作のPVやフォロワーが増えてありがたいことです。

ときには、順位で『無自覚〜』を上回ることも。


これもひとえにみなさまのおかげてす。

今後もよろしくお願いいたします。


では、また三日後に。


 

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