第97話 思案投首(しあんなげくび)
「知っての通り、今回、カイウス商会に経済戦争を仕掛けられたこの街は経済的に困窮しておる」
グスタフさんからの相談は案の定、アグニスの街がダンピングを仕掛けられた影響についてだった。
計画を頓挫させたとは言え、その負の遺産は未だにアグニスの街を蝕み続けていた。
それは商売に対する不信感であった。
食材の卸業者まで取り込み、街の食を牛耳るまであと一息というところに来ていただけあり、かなりアコギなことを行い始めていたようだ。
流通する食材の値上げはもちろんのこと、配下の食堂では予算をギリギリにまで絞った質の悪い料理を割高で提供していた。
他の店を探そうにも、どこも同じような粗悪な料理が出てくる。
『かがり火』――――ランドさんたちの店を除いて。
こうして生まれた食に対する不信感は、他の業種にも波及する。
今まで買っていた商品を談合によって一気に値上げされたら……。
その想いが、アグニスの街での買い控えに繋がって行く。
街から街を旅する冒険者であれば、次の街にさっさと移動する。
アグニスを拠点にしていた冒険者も、自分たちが得た素材が適切な価格で流通していないと分かれば、街を離れることもあるだろう。
そうして出来上がるのは、業績が落ちた他業種も傘下にしたカイウス商会の経済支配と、冒険者たちが流出するために起こる街の弱体化だ。
これから立て直すとしても、街の人々や冒険者たちはその対策に見向きもしないことだろう。
ダンピングに加担した者たちのために、アグニスは失ってしまったのだ。
『信用』という何物にも代えがたい貴重なものを。
こうして考えると、ダンピングを王国各地で繰り返し、王国一の商会と呼ばれるようになったカイウス商会の謀略は見事なものであった。
仮に失敗しても、今度は外部から堂々と介入してくればいい。
アグニスの商会は信じられないのだから、あとは外部から来た商会が期待を持って迎え入れられることになる。
前世で言うならば、不祥事を起こした国内企業が国民に見放され、後発の外資系の企業に客が流れるようなものだ。
初手で経済を牛耳れれば良し。
ダメでも次善の手で街の商圏に食い込むことになる。
このため、代官側としてできることは、ダンピングに加担した商会への厳正な対応と、外部からの商会の影響を限りなく少なくするように動くこと。
…………あるいは、外部から信頼できる商会を招き入れること。
グスタフさんは、苦い顔をしながら内心を吐露する。
「カイウス商会におめおめと付け入る隙を与えたのはワシの責任じゃ。だが、このままでは民が苦しむ。そこで領都を発展させたお主の力を借りることは出来ないかと思ってな」
「領都……ご存知でしたか?」
「最初は眉唾物だと思っとったがな、こうして目の前で切れ者ぶりを見せられれば、信じぬ訳にはいくまい」
「そうは言われましても……」
「分かった。そこまでアルを買っているなら任せる」
いきなり、街の経済問題を振られても対応しきれない。
断わろうとした僕の言葉を遮って、ブランが承諾してしまう。
ブランさ〜ん?
何をしてくれてるのかな?
ブランは頭を下げたグスタフさんの肩をポンポンと叩いて、ものすごく上機嫌である。
僕が評価されるのが嬉しいようだ。
ブランは僕の方を振り返ると、親指を立ててウインクする。
だから、両目をつぶってるってば。
そもそも、そんなアメリカンなジェスチャー誰が教えた?
…………僕だ。
かつて請われるままにブランに前世の話をした自分自身を殴ってやりたい。
「それじゃ、アルよろしく」
「ブランさんや、僕はまだやるとは言ってないのだが……」
「おじいちゃんから話を聞いたとき、アルはいつもの悪い笑みをもらした」
「へっ?」
「そんなときのアルは、2つ3つくらいは策を考えているはず。どうせ理由を付けて引き受けるなら、さっさとやる」
この一方的な発言に、傍らで聞いていたおじいちゃんことグスタフさんや、ミネットさんたちが苦笑いする。
そして僕も、ブランの言葉にひと言も反論できなかった。
やれやれ、ホントにウチの相棒は、僕のことをよく知ってるよ。
まさか、心の中まで読み取られるとは。
確かに僕にはいくつか策はある。
ただ、ひとりのアルフレッドとして、それをやってもいいのかと逡巡していたのだ。
「アルは、肩書きだとか立場だとかを考えすぎ。やりたければやればいい。それが冒険者。違う?」
「違わない」
止めのありがたいお言葉を頂いて、僕の腹は決まった。
「分かりました。お受けします」
僕はグスタフさんに向き直ると承諾を告げる。
「おおっ、本当かね。心から感謝する」
「感謝は後です。成功するか分からないですから」
「大丈夫。アルに任せれば」
「ブランさん、期待が重いよ」
「心配してない」
「ハッハッハ、さしもの【昇龍】も嬢ちゃんにかかれば方なしだな」
「ええ、決して離れることのない【龍雲】ですしね」
そう、切り返しつつ、ブランの様子を伺うと、頬を赤くして俯いていた。
決して離れないって言われて照れてるようだ。
どうやら一本取り返せたかなと思いながら、僕はこれからの策について話し出すのであった。
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