第46話 仮面騎士(ペルソナエクエス)
日の落ちたフレイムの裏路地を、何かから逃れるかのようにひとりの少女が駆けていた。
とある酒場の看板娘である少女は、最後まで居座り続けた客のせいで、いつもより帰宅時間が遅くなってしまった。
月もない夜は、辺境伯領都といえども、少女がひとりで帰るには危険であった。
「あ〜あ、こんなに遅くなっちゃって、お母さん心配してるかなぁ」
夜道を歩く不安感から、ついひとりごとをこぼす少女。
何度目かの角を曲がったとき、彼女は自分の背後を一定の距離を保ちながら着いてくる者に気づく。
最初は気のせいだと思っていたが、いつまでも同じ方向に進み、彼女が止まれば背後の者も立ち止まる。
ずっと、後をつけられていることは明らかであった。
不審者から逃れるために、だんだんと少女の足どりが早まる。
いかほどの時間が経過したろうか、少女が周囲の雰囲気が変わったことに気づき立ち止まる。
そこは、これまでに少女が見たこともない景色だった。
「ここは……」
荒い息を吐きながら立ち止まった少女は、通りにうず高く積み上がったゴミや、あちこちが損壊している建物を見て、ようやく自分がどこにいるのかを理解する。
「スラム……。どうして……?」
少女が呆然とそんな言葉をつぶやいたとき、下卑た笑いをしながら暗闇から年配の男が姿を現す。
また、その背後には、同じような姿の男たちが数え切れないほど続いている。
誰も彼もが服のあちこちが破れ、泥とも糞尿とも分からない汚れまみれの汚い姿。
だが、それこそがここでは
スラム街。
それは法の加護からも、神の慈悲からも見放された者たちが行き着く場所。
そこは国の法も及ばす、神の救いの手も届かない無法の地であった。
「!!」
少女は身の危険を感じて、再び逃げようとするが、背後からは先程から追いかけてきていた男がやってくる。
「やっと
背後の男が顔をクシャクシャにして軽薄そうな笑いを浮かべる。
もう逃げ場はないと確信している。
「頭ぁ、味見はさせてくれるんだろうな……」
「ケッ、勝手にしろ」
頭と呼ばれた年配の男がそう答えると、追いかけてきていた男のテンションが上がる。
「看板娘だか何だか知らねえが、チヤホヤされている女を
「あんまり壊すなよ」
「それはどうかなぁ……」
「やめて、やめて、やめて……」
少女が懇願するが、頭と呼ばれた男もその背後の者たちも誰も止めようとはしない。
「次は俺だからな」
「馬鹿野郎、テメエなんて最後だ、最後!」
頭と呼ばれた男の取り巻きも下世話な会話を交わしている。
そんな、どこにも逃げ場のないスラムの一角。
一歩一歩と、男が少女に歩み寄る。
少女はこれからの自らの行く末を想像して、気も狂わんばかりに泣きじゃくる。
「いっ、嫌……嫌、嫌ぁぁぁぁ!」
「さぁ、楽しい時間を過ごそうや」
そう男が言ったとき、スラムには場違いな鈴のように高く澄んだ声が響き渡る。
「待てえ!」
「……まて」
そして、やや恥ずかしそうな小さな声も、同じように続く。
それと同時に、スラムのあちこちで大きな爆発が巻き起こる。
「なっ、何だあああ!糞が、殺すぞ!」
これからの楽しみな時間を邪魔されて激怒する男。
男は声がした方向を睨みつける。
すると、怒りに満ちた男の視線の先に、見たこともないような魔物に乗った珍妙な2つの姿があった。
一方は真っ赤な軽鎧を身に纏い、仮面の付いた兜を被っており、もう一方は真っ白な軽鎧に同じく仮面の付いた兜姿で、背格好から小柄な【小人族(グラスランナー)】のような種族か、あるいはまだ幼い子どもかと思われた。
そして特筆すべきは、仮面の者たちが乗っている魔物だった。
一方は、馬と鹿を足したような獣の姿。
水晶のように澄み切った2本の角を持ち、その体躯は新雪のような純白。
そして、炎のようになびく黄金の鬣。
伝説に謳われる聖獣【
そしてもう一方は、透けるような真っ白な毛並みに烏羽のような黒い模様が入った、虎によく似た姿。
その自らの体躯よりも長い尾が、機嫌良く左右に振れている。
こちらも伝説に謳われる聖獣【
あまりにも現実離れした者たちの登場に、一瞬場が静まり返る。
「テメェら何者だ?」
気を取り直した、頭と呼ばれた年配の男がそう叫ぶと、白い仮面姿の人物が待ってましたとばかりに答える。
「私達は……」
再び巻き起こる爆発。
「ぎゃあああ!」
「何だこりゃあああ!」
ついでに、下卑た笑いをしていたスラムの住人も巻き込まれて吹き飛んでいる。
「「
そう叫びながら、思い思いのポーズを決める仮面姿のふたり。
「ちょっと、アル……いや、レッド。声が小さい。もっと腹から声を出す」
「ブ……いや、ホワイト。ねえ、なんでこんな時ばっか饒舌なの?」
そして、こそこそと話し合う仮面姿のふたり。
【
その正体は誰も知らない。
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