第68話 千慮一失(せんりょのいっしつ)

 修練場内は、バスケットコートが2面ほど取れるスペースと、壁際には観客席までもが設けられている。

 後で聞いた話だが、昇級試験や冒険者どうしの決闘、祭日には興行もここで行われるため、競技場の形になっているらしい。



 そんな修練場の中央で僕と豚男が向かい合う。


 観客席には、ブランや僕らについて来た冒険者らがおり、勝負の開始を今か今かと待ちわびている。


 既に豚男を束縛していた氷は溶かしておいたので、僕らは決闘に向けてそれぞれ準備を進めていた。


 流石に真剣で戦うわけにはいかないので、事前に刃引いてある武器を用いることになっているのだ。

 もっとも、武器には変わりないので、当たりどころが悪ければ死につながることもある。


 そんな状況の中、僕と豚男は互いに模擬戦用の武器を手にした。


 僕は短刀、豚男は戦斧を選んだ。


 相手の戦斧は、槍の先に斧の刃が付いており、遠心力を利用して大きく振り回せばその威力は計り知れない。


 まともに当たれば、僕の首などは千切れ飛んでしまうだろう。


 対して僕の武器は短刀である。

 それと言うのも、11歳の身体でまともに振り回せる武器が無いのだから仕方ない。


 まぁ、まだ身体も出来ていない子どもが決闘することなんか、ハナから想定されていないのだから仕方あるまい。


 当然、僕の短刀が刺さっても、豚男は痒みすら覚えないだろう。 


 互いの圧倒的な戦力差に、ブランを除いて、観客席に座る者は、ほとんどが僕の敗北を予想しているに違いない。


 だが一部の者は、僕の特異性について肌で感じている。


「あの子供は何者だ?」

「不意をついたとは言え、あのゴリーユを拘束したぞ」

「オレ、拘束したとこ見てたけど、詠唱してなかったような……」

「無詠唱なんてどこのおとぎ話よ」

「何かの魔道具か?」

「どこかのお坊ちゃんかしら?」


 なお、魔道具は使っておりません。

 全て僕の実力です。


 まぁ、これから行われる決闘で、僕の実力を知ってもらえればいいか。



 僕は目の前の豚男に向き直ると、問いかける。


「さぁ、始めましょう。ルールは?」

「何でもアリだ。死んで後悔しても遅えぞ」


 豚男は怒りのあまり、こめかみの血管がピクピクと脈打っている。


 ……切れちゃうよ?


「それじゃ、開始の合図を……」


 僕が立会人を探すために脇見した瞬間、豚男が怒鳴る。


「もう、始まってんだよぉ!!」


 豚男はその巨体が嘘のような速さで間合いを詰めてくる。

 同時に横薙ぎで戦斧を振るう。


(マズい)


 慌てて僕は短刀で身を守ろうとするが、戦斧の勢いを捌ききれずに短刀が弾かれ、その直撃を受ける。


「アル!」


 ブランの悲鳴が聞こえる。

 同時に僕の左腕に鈍い痛みが走る。


「いぎゃぁぁあ!」


 僕はあまりの痛みに転げ回る。


 油断した。

 こんなはずじゃなかったのに……。


「冒険者は一瞬の油断が命取りなんだよ」


 豚男が醜く歪んだ顔で、ニヤニヤと僕に向かって近づいてくる。


「ゴリーユ!もう勝負は着きました!!」


 客席から、先ほど僕を庇ってくれたメガネの受付嬢がそう制止する。


「うるせぇ!これはオレとコイツの決闘だ」


 しかし、豚男は聞く耳を持たずに、何度も何度も戦斧を僕に振り下ろす。


「ぐぎっ!」

「がはっ!」 

「ぎぃぃぃ!」


 戦斧が振り下ろされる度に、身体のあちこちの骨が砕け、意味をなさない言葉が漏れる。

 肌が裂け、肉が削げ、多量の血が空に飛び散る。


 どれくらいの間、僕は殴られ続けたろうか、一分一秒が永遠の長さに感じる。


「やっ、やべて。やべてくだはい……」


 僕は必死にそう訴えかけるものの、豚男はいっこうに攻撃の手を緩めない。


 どうしてこうなった……。

 僕を激しい後悔が襲うが、後の祭りだ。


「アル!逃げて!」


 あまりの酷い展開に、ブランが叫ぶ。


 だがもう遅い。



「んじゃあ、これで終いだ。死ねやコラァ!」


 豚男の戦斧が僕のアタマに振り下ろされる。




 スイッチを切ったテレビのように、僕の視界が暗転した……。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


鬱展開は嫌いなので、午後7時にもう一話投稿します。


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