第79話 窮途末路(きゅうとまつろ)

 フレイムの大衆食堂『かがり火ファッケル』の店主ランドは、大森林内の草むらの中に妻とともに身を隠していた。

 彼の妻は【大毒蛙】の吐き出した神経毒を全身に浴びて虫の息だ。

 そして彼自身も、【ハイオーク】から逃げる際に利き足を負傷し、身動きが取れない。


 どうしてこんなことになったんだ。


 ランドは自分が窮地に追いやられた原因について思いを馳せる。


 きっかけは、数ヶ月前のことだ。


 王都で大規模にグループ展開をしているとある商会が、フレイムに食事の店を出店した。


味はそこそこだが、明らかに採算を度外視した価格設定と過剰なほどの宣伝により、あっという間にフレイムの住人を取り込むことに成功した。


「なぁに、あんな採算割れの営業なんて長続きしないさ」


そう高をくくっていたランドであったが、その営業が数ヵ月も続き、周りで古くから食事を提供していた地元の店が次々と潰れていくと、危機感を抱くようになった。


そんな折、とある商会からランドに傘下に入らないかと打診があった。


 聞けば、その商会はフレイムの食事を出す店を全て自分たちの息がかかった店にすることで、街の経済の一部を牛耳る方針らしい。


今は格安で提供している食事も、他に競合店がなければ、後々自由に価格を変えられる訳だ。

つまり、フレイムの店が自分たちの傘下なら、一斉に価格を吊り上げても、他に店はないため客はそれに従うしかないだろうと、担当者は歪んだ顔で笑った。


そして、ここまで生き残った店はもう数店舗のみであるため、おとなしく従うなら傘下にしてやるとの物言いだ。


 そんな客に不利益しかないよう提案に、ランドは担当者を店から叩き出す行為で回答する。


 そうしてしばらくは、苦しいながらも昔ながらの常連たちに助けられながら店を続けていた。


 ランドは、自身の考えが間違っていないと確信していたが、提案を断ってからが地獄の始まりだった。


 まずは、もはや嫌がらせと呼ぶにはあまりにも悪質な行為がくり返されるようになる。


 最初はガラの悪い男たちが来店し、店内で暴れまわる。

 街の衛兵に連れて行かれるが、軽微な犯罪のため罰金を支払えば放免だ。


 そしてくり返される暴悪。


 ゆっくりと食事をするべき場所で、くり返されるトラブルに客足は遠のいていく。


 次は従業員に対する有形無形の迷惑行為。


 だんだんと疲弊していく従業員たち。


 ランドほどの信念を持っていない従業員は、どうして商会の傘下に加わらないのかとなじる。

 だが、傘下に入って客に損をさせることは認められないと断言すれば、ひとりまたひとりと職場を去っていく。


 そしてトドメは、仲介する業者が食材を卸さなくなった。

 街の業者にとっては、これまでの信頼を損なうような行為だ。 

商売人としては死活問題に直結するような恥ずべき営為であろう。


 だが、それを行わせることができる商会にランドは、恐怖を覚えた。


 それでも、保存していた食材で糊口をしのいで来たが、もう限界だった。


 何故か冒険者ギルドに食材調達の依頼を出しても、依頼失敗がくり返される。

 違約金を積み重ねられても、彼らが本当に欲しい食材は手に入らない。

 

 やがて、夫婦は決断する。

 かつてCランクの冒険者として大森林に出入りしていた夫婦は、その手に再び剣を取る。


 それは、大森林の浅い場所でブラッディボアを狩るだけの簡単な仕事のはずだった。


 だが、そこに現れたのは暗殺や非合法な依頼を遂行する闇ギルドの面々。


 ここでようやくランドは一連の行為が、魔物に自分たちを殺させるための策略だったと気づくも時遅し。


 森に入ったとたん何者かの襲撃に遭い、大森林の奥に追いやられ、今度は迫りくる魔物たちにより夫婦は身動きが取れなくなった。


 命からがら草むらに隠れて急場を凌いでいたのだが、ついに間近で獣の唸り声が聞こえる。

 ランドが声の方向に視線を向けると、ハイオークと目が合う。


 どうやら追いかけて来たようだ。


「リサ、アリシア。オレの力が足りなかった。すまない」


 もはや、何の打つ手もないランドは、妻と娘に詫びを入れると、死を覚悟する。


 ハイオークはその醜い顔に嗜虐的な笑みを浮かべると、一歩一歩ゆっくりと歩み寄る。

 それは、あわれな獲物が怯える姿をじっくりと眺めるために。

 そして冒険者の前に立ったハイオークは、右手に持ったボロボロの斧を振り上げる。


 ――ハイオークの斧が振り下ろされる寸前、ランドの視界の角にどこかで見たタオルが見えた。

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