第5話 魔物との遭遇
昼食の片づけも終わり、改造馬車も元に戻して、いよいよ森へ入る。
一応、件の行商人も通っているであろう道があるが、通行人が少ないのか草に埋もれそうだ。巨大な木々のせいで薄暗く、地面もデコボコしていて馬車ではあまりスピードが出せそうもない。
魔物除けとして匂い袋と魔道具(高音を常時出す)を使用しているので、効果が出て魔物に遭わないことを祈りたい。
まあ出るときは出るのだが。空腹のときとか。
森の中を黙々と進む。しばらくは何事もなかったが、周囲を警戒していたジーンが何かを察知したようだ。
「止まって」
手綱を引く前に馬が止まってくれた。グレイとエリザが戦闘態勢に入り、ジーンは集中して耳を澄ませている。
森の中は、虫や鳥の鳴き声や葉のざわめきで満ちていて、オレには気配を感じとることができない。
ふと、ジーンが顔を上げて木々の間を睨み付けた。視線の先を追う。一瞬何も分からなかったが、目を凝らすと枝や葉以外のものが動いているのが見えた。
そいつもこちらを窺いながら姿を現した。
どこか見覚えのあるその姿は、一言でいうなら『ヤゴLv.100』。
シルエットはヤゴだが、体は棘の付いた硬そうな外骨格で覆われ、サイズは馬くらいある。
ヤゴが急に木を降り始めた。ほとんど音を立てずに高速でこちらへ向かってくる。
その体でそのスピードはおかしいだろ!水ん中にいろよ!
「ーーーー、ーーーー」
エリザの魔術の詠唱が聞こえる。オレの可聴域をたまに超えるため、何を言っているのかは分からない。
グレイが大剣を担いで、爆発するような加速でヤゴに向かって走りだした。
ジーンは弓を構えてヤゴを狙っている。つがえた矢は微かに光っている。
グレイとヤゴが衝突する直前、ジーンとエリザが動いた。
ジーンが放った矢が空中に光を残してヤゴの複眼に突き刺さった。速すぎてオレには結果しか見えない。
ヤゴは衝撃で仰け反り硬直した。その一瞬を逃さずエリザの魔術が発動する。
「『水よ、捕らえろ!!』」
ヤゴの体に水が巻き付き、その動きを止めた。
動けないヤゴにグレイが突撃する。疾走の勢いそのままに大剣を振り下ろす!
「おおお!!」
振り下ろされた大剣は、頑丈な外骨格を切り裂きヤゴを二つに分けた。
ヤゴが体液をまき散らしながら、衝撃で左右に弾け飛んでいく。
地面に落ちたヤゴはまだピクピクと動いているが、これ以上は動けないようだ。
ヤゴを無力化したグレイがこちらに戻って来た。
「ジーン。他に魔物の気配はあるか?」
「いや、他には感じないよ」
戦闘は終了のようだ。だれも怪我をせず良かった。
それにしても、血が繋がっているだけあって、この3人の連携は相変わらず凄まじい。
「コーサクさん。他にはいないようなので、解体して魔核とってきます」
「ああ。守ってくれてありがとう。いってらっしゃい」
ジーンが警戒として残り、グレイとエリザがヤゴから魔核を採りに行った。
本来、外骨格では重力との関係で巨大化できない虫が、あれほどの大きさで存在できるのは、魔力で体全体を強化しているためだ。
人が無意識に身体強化を使えるように、生きるために身体を魔力で強化する生き物たちがいる。骨を肉を内臓を魔力で強化し、より大きく、強くなっている生き物を魔物と呼ぶ。
そして、その魔力を司る器官が魔核である。
ギルドに加工してもらうと、魔道具の核や魔力の貯蔵に使えるようになる。冒険者の収入源のひとつだ。
加工されたものは魔石と呼ばれるのだが、加工方法はギルドの秘匿技術となっている。部外者が詳しく知ると消されるとの噂もある。怖えよ。
グレイとエリザが解体を始めたようだ。普通の魔物なら魔核は心臓付近にあるのだが、虫型だと一定しないため、少し探すのに手間取っている。
グレイがまだ少し動く脚をナイフで地面に固定し、ヤゴの体を切っていく。
音にすると「グチャ、グチャ、バキ!グチャ」だ。その光景から少し視線を逸らす。
虫はそんなに苦手ではないが、でかいとかなり気持ち悪い。鳥肌が全開だ。
違う方向を見ながら馬と戯れていると、周囲を警戒していたジーンから声を掛けられた。
「コーサクさん。あの虫食べる?」
「い、いや。食料は十分に積んでるし、食べないかな。」
「そう。わかった」
オレの回答にジーンがほっとした顔をした。
地球でも虫を食べる地域があるが、こっちの世界でも虫を食べる習慣はある。
都市ではあまり食べないが、農作物のあまり作れない山間部などでは一般的に食べられる。都市部でも食料難のときは食うらしい。
魔物の虫はそれこそ馬サイズもいるし、豊か過ぎる森の中では普通の虫も大きい。食料としては優秀なのは理解する。
だが、オレの食品カテゴリには虫は入っていないし、虫レシピなんて脳内に無い。そもそも虫に対して食欲がわかないので、よほどのことが無い限り食うのは無理だ!……一応味的には食えなくはない。
「コーサクさん。魔核とり終わりましたよ」
「あ、ああ。じゃあ進もうか。魔核代は後で払うよ」
虫食について考えている間に採取が終わったらしい。グレイが少し濡れているので、エリザに汚れを水で流してもらったんだろう。
馬車で進みながら、グレイに渡されたヤゴの魔核を見る。小指の先ほどの赤い結晶だ。
透明度の低い濃い赤から目を離し、なんとなく『黄金の鐘』の3人を眺める。
さっきの戦いで、3人はそれぞれ身体強化、武器強化、魔術を使用していた。魔物は魔核により、自身の肉体を強化する。
そしてそれは人も変わらない。
この世界に生きる全ての人は、体内に魔力の根源たる魔核を持つ。そして自分の魔力で身体や武具を強化し、また精霊に願い魔術を使うのだ。
もちろん、純地球産のオレには魔核なんか無い。なので、オレは強化も魔術もそのままでは使えない。
身体強化はオレ専用の魔道具を使えば発動はできるが、オレの体はこの世界の人と違って、身体強化に最適化されていない。
反動がある上に自分で魔力が精製できないので、外付けの燃料として魔石を消費する必要がある。
戦闘用の魔道具を駆使すれば戦えるし、この森も1人で抜けることはできると思うが、その場合に必要な魔石の金額は、『黄金の鐘』を雇う金額の5倍くらいにはなるだろう。
お米探したり、魔道具開発したり、食べ物つくったりで稼いだお金はすぐに消えていく。普段は節約するしかないのである。世知辛い。
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