第114話 真実と思想
翌日。タローを苦労して宥めて大聖堂に出発した。
よく考えたら、タローを拾ってから1日以上離れたことはなかったのである。昨日は宿の部屋に入った瞬間に飛びついてきて離れなかった。ロゼッタの様子から、オレが危ないことを理解していたようだ。
今朝は、座ったオレの膝の上に乗って出掛けることを阻止しようとするタローに、大丈夫だと言い聞かせるのが大変だった。
心配をかけたようなので、あとで好物の内臓でも食べさせてあげようと思う。この国では肉の流通は多くないが、鶏の肉はそれなりに見かけた。
肉屋に行けば、内臓も手に入るだろう。
さて、今いる場所を目だけで見渡す。それなりに広い部屋。質素だが実用的で高価そうな家具たち。
そして、目の前には自らお茶を淹れる
「お茶を淹れるのは、私の数少ない趣味なのです。ここでは、あまり高価な茶葉は手に入りませんけどね。どうぞ」
「ありがとうございます」
毒見の魔道具を使い、無毒であることを確認してから口を付ける。まあまあだ。
室内には2人だけ。一緒に来たロゼッタには部屋の外で待機してもらっている。面倒な話は聞かせるべきではない。
魔力に集中しても、他の人間は近くにいない。ニコラウスさんと、正真正銘2人きりだ。
「ではまず、改めて君にお礼を。ありがとうございました。君の働きにより、この国の悲願は達成されました。その雄姿に幾重にも感謝を」
ニコラウスさんが頭を下げる。テーブルに額が付くほどに深くだ。日本人的な感性か、自分の倍ほどの齢の人に頭を下げられるのは落ち着かない。
「どういたしまして」
話しにくいから、さっさと頭を上げて欲しい。
オレの心の声が届いたのか、ニコラウスさんが顔を上げる。その顔には聖職者然とした柔らかい表情が浮かんでいた。
「それでは、君の報酬の話に移りましょう。君の希望通り、オコメという穀物について、国として探索を行います。また、闇の国の遺物について、君が望むものを望む限り提供しましょう」
まあ、聞いてた通りだな。お米の探索に協力してくれなら、報酬としては十分だ。別に宝物に興味はない。悪魔の宝玉もらったし。
「そして、君が望むなら、私の首を差し上げます」
は?
「今回の君への依頼、主導したのは私です。君の気持ちが収まらないのであれば、それは私の命で償いましょう」
へえ。
「オレが関わったのは、主にマリアさんですけどね」
「マリアは、私の教え子でもあります。彼女に指示したのは私ですよ」
なるほどなあ。
腰に手を伸ばす。手に馴染んだ銃型の魔道具を引き抜く。
「なるほど、ではここであなたを撃っても問題ないと?」
照準を合わせる。銃口が示す先はニコラウスさんの眉間だ。
「ええ、もちろんです。君の成したことに比べれば、私の命程度は安いものです」
表情1つ変えずに、ニコラウスさんはそう言って目を閉じた。
「「……」」
はあ。別に、こんなおっさんの首なんていらん。大体、ニコラウスさんを撃ったとして、お米の話は誰とすればいいのか。
「いいですよ。いりませんよ。それよりも、どういうことか聞かせてください」
「そうですか。ありがとうございます。君のその慈悲に、私は二度救われたことになりますね」
二度?これが初めてじゃない?
「ニコラウスさんを救った覚えはありませんけどね」
「いいえ。一昨日、君が我々の前に姿を見せてくれたときもですよ」
一昨日……?あのお偉いさん方の集まる部屋に連れて行かれたときか?
「君はあの場所で、私達を排除することができたでしょう?」
魔道具を没収される前だったから、やろうと思えばできただろう。だけど、国一つを敵に回すつもりがなかった。持久力のないオレは、どこかで止まってしまう。
それでも、ああ、確かに出来た。だが。
「言っていることが分かりませんね。神力のないオレが、多人数相手に戦える訳がないでしょう」
オレの戦う姿は、マリアさんにも見せてはいない。何を根拠に言った?
「はは。謙遜はいりませんよ。君が戦えることは知っています。かつて帝国で、幻影王銀狐を討伐し、人攫いの犯罪組織『双頭蛇』を壊滅させた、帝国の『爆弾魔』と呼ばれる君が戦えない訳がないでしょう」
……懐かしい名前を聞いた。こいつ。どこまでオレのことを知っている?
「ずいぶんとオレのことを知っているようで。何故、と聞いたら答えてくれますか?」
「ええ、もちろんです。その程度ならいくらでも。君の質問には全て答えましょう」
そいつはなによりだ。
「それを説明するためには、そうですね。君は『予見の聖女』の力がどういうものか知っていますか?」
……確かに、この人はマリアさんの先生のようだ。会話の途中で聞いてくるところがそっくりだな。ついでに腹黒さも。
「すみませんが、詳しくは知りませんよ。予見というのですから、未来のことが分かるのではないですか?」
「ふむ。半分正解ですね。予見の聖女の力は、無条件で未来が分かるようなものではないのです。正しくは、我々が普段行っているような未来の予想を、より正確に行うことができる能力です」
それでもすごい効果だろう。
「予見の力を扱うには、本人の知識が重要となります。知らないことは予見することができません。その点、先代の予見の聖女は素晴らしく聡明なお方でした。歴代屈指の知識量を持っていたことでしょう」
そりゃ、長生きしてれば知識もあっただろう。
「次代の予見の聖女の捜索が難航しているのも、その性質が関係しています。本人の知識が足りなければ、ただ少し勘のいい少女でしかないのです。たぶん、この地に産まれてはいるのでしょうが……見つけるためには、実際に聖女が会うしかないでしょう」
「なるほど」
一般の国民がほとんど教育を受けることのないこの国では、見つけるのは難しそうだ。
「では、予見の聖女について理解してもらったところで、君の質問に答えましょうか。何故、君のことに詳しいのか。それは、私が君を前から調べていたからですよ。君の存在を私達はずっと待っていました」
気持ち悪っ!
知らない間にストーカーされていたらしい。背中にぞわぞわと悪寒が走る。不快さに顔が歪む。
「はは。正確には、神力を持たない者の存在をずっと待っていた、ですけどね。この国では、光の国という名前だった時代から死霊の精霊について研究を行っていました。ですが、我々だけでは王妃の元まで行くこともできませんでした。死霊の瘴気の中では、人が活動することは非常に困難だからです」
「でしょうね」
あの瘴気の闇の中では、魔力を乱されて動けないだろう。長時間いれば死ぬと思う。
「ええ、それでも研究を続け、思考を重ね、そして、数代前のある司教がこう結論を出しました。神力を持たない者であれば、死者に見つからず、瘴気の影響も受けずに王妃の元へ行けるはずだ、と」
つまりオレだ。
「当時は大変に紛糾したようです。私達の教義では、神力を持たない人は存在しませんからね」
光の神は全ての命を照らす。だな。教義上、例外がいてはいけないだろう。
「その考えは多くの批判を呼び、大司教の発言はなかったことになりました。ですが、限られた者がその考えを受け継ぎ、神力を持たない者を探してきたのです」
オレはそれに引っかかったと。
「まさか私の代で見つかるとは思ってもみませんでしたが。君を見つけたのは偶然ですよ。偶々、本当に偶々、ガルガンからの手紙で君を知りました。面白い若いのがいると。ああ、ガルガンに悪気はありませんよ。彼とは年に数回、手紙のやり取りをしているのです。だいたい、ガルガンは昔から、この国の教義なんかにこれっぽっちも興味がありませんでしたからね。私が散々話した光の神の教えなんて、一つも覚えてもいないでしょう」
ガルガン親方のことを話すときだけ、ニコラウスさんの顔から仮面が剥げる。昔を懐かしむ、ただの壮年の顔がのぞく。
とりあえず、ガルガン親方に売られた訳じゃなくて良かった。もし、そうだったら、どんな顔をして会えばいいのか分からなかったと思う。売られた程度では憎めないほどに、親方にはお世話になった。
「それで、そこからオレのことを調べたと」
「ええ、その通りです。君に神力のない裏付けを取り、君を探し、君の足取りを遡りました。そして、得た情報を元に、予見の聖女に幾通りもの未来を予見してもらいました。君をこの国に呼べる可能性を探しました」
「それが、このタイミングだったと」
「ええ、その通りです。ガルガンは君の人格と職人のとしての腕を信用している。だから、ガルガンの手が空かない時期を予見し、この国の結界の修理という難易度の高い依頼を出しました。ガルガンが君に頼むように」
予見の聖女、厄介すぎるだろ……。
「マリアは、君の道案内として派遣しました。ここまでの旅路で問題は起きなかったはずです。君の馬車の速さは予想外だったので、マリアと出会う日は、1日ほど予見した未来からズレてしまったようですが」
なるほどなあ。確かに楽な旅だった。オレ達はこの国では怪しい人間だが、マリアさんのおかげで変に絡まれることもなかった。
それにしても、オレの行動は1ヶ月以上前から操られていた訳だ。ああ、気分が悪い。やっぱり、どの世界でも一番恐ろしいのは人間だ。こっちに敵意を見せてくる魔物なんて可愛いもんだよ。
「分かりました。とりあえず、オレが呼ばれた疑問は解決しましたよ。それで?ここまで話してオレを消さない理由も聞いていいですか?」
「ははは。怖いことを言いますね。君に危害を加える理由なんて、こちらにはありませんよ」
「オレはこの国の厄介な情報を持っていると思いますけど?」
「ふむ。では、君はその情報をどう使うのでしょうか。例えば、この国の民に、聖都の地下はかつての闇の国だったと伝えたとしましょう。どうなるでしょうか」
それは……。
「……到底、信じてはもらえないでしょうね」
何言ってんだこいつって目をされるだけだろうな。ここの国民が信じるのは光の神の教義だけだ。
「ええ、国民が真に受けることはないでしょう。では、他国の伝えた場合はどうでしょうか」
「……既にオレが問題を解決してしまったので、他国が干渉するほどの手札にはならなそうですね」
そもそも、法国には狙われるほどの資源は少なく、手を出すと苛烈な反撃を食らうことから帝国ですら戦争を仕掛けたりしない。
「ええ、その通りです。君が持つ情報でこの国が不利になることはありません。そもそも、この国の英雄である君には感謝しかありませんよ」
何でもないように、ニコラウスさんが言う。
……狸親父が。
「そうですか。ならいいです。最後に1つ聞いてもいいですか?」
「ええ、なんでもどうぞ」
「王妃を討つ直前まで、オレは王妃と会話していました。その中で、王妃は一度も光の神のことを口にはしませんでした。神力のことも、魔力と呼んでいましたよ」
光の国と闇の国は同時期に存在していた。そして、王族も仲が良かった。それなのに、元光の国であるこの国だけで、光の神が信仰されているのは何故だろうか。
「光の神は、実在するのですか?」
「ふふ。なるほど。貴重な経験をしたのですね。その質問にはこう答えましょう。“光の神がいるかは不明だ。だが、信じる者の中に神はいる”と。我々の祈りの先に、確かに神はいらっしゃいますよ」
酷い暴論を見た。神がいるかは知らないが、いると思う人にとってはいる、と?
「オレには共感できない答えですね」
「ええ。そうでしょうね」
ニコラウスさんが微笑む。オレの指摘に、神はいないだろうという意見に、何の反応も見せない。
「かつて、光の国は荒れていました。国を襲った災害と、起き上がった死者への対応に集中せざるを得なかったからです。貧しい暮らしに、人心は荒れに荒れていました。それを憂いた当時の王は、ある対策を講じました」
大司教の口が動く。国の秘密が語られる。
「神をつくり上げたのです。民の拠り所として、絶対なる神を。乱れた心の支えになるように、神の偶像を作りました。今のこの国の始まりですね。その試みは成功しました。神の名の元に、清貧を美徳とすること、他人を尊重すること、神と自身に関わるものに感謝することを説くことで、国は安定したのです。それなりの時間は必要でしたが」
それがこの国の始まりか。なるほど。分かった。理解した。だけど、一つ納得できないことがある。
「そこまで知っていて、それでもニコラウスさんは光の神を信じているのですか?」
「ええ、もちろんです。私の中に、確かに神はいらっしゃいます」
即答された。考える余地もないというように。
……オレには、到底理解のできない話だ。
「……そうですか。ありがとうございます。聞きたいことは全て聞けました。後はお米を探してくれれば文句はないです。闇の国の財宝は、お米探しの資金にでもしてください。それでは」
やることはやった。聞くことも聞いた。オレが欲しいのは、宝よりお米だ。
「ああ、少し待ってください。君に依頼したいことがあります」
立ち上がろうとしたオレを、ニコラウスさんが呼び止める。これ以上依頼だと?
「『結界の要石』についての依頼です。元々、死霊の瘴気と死者を抑え込むための結界ですが、魔物の襲来から国を守るという目的もあります。君の尽力により、聖女が操作する必要性はなくなりました。通常の結界を張れるように、機能を追加してもらえませんか?特級の魔石を使用しているので、容量に空きはあるはずです。報酬にはこちらを差し上げます」
ニコラウスさんが差し出して来た羊皮紙を受け取る。
「通行許可証?」
「ええ。私と同等の権限を付与する許可証です。この国のほとんどの場所には立ち入りできますよ」
許可証は別にいらいない。けど、結界の魔道具には興味がある。聖女の神力だけを受け取る魔道具とは、どんなものだろうか。
「いいですよ。依頼を受けます」
「ありがとうございます。その許可証は、先に差し上げますよ」
魔道具の改良依頼を受けた。まあ、良く考えたら、これが本来の仕事だ。
魔道具職人が地下迷宮に挑むのはどう考えておかしい。
「じゃあ、仕事の準備をしに、一度宿に戻ります」
「ええ、分かりました。よろしくお願いします。『結界の要石』への案内にはマリアを付けましょう」
それはどうかと思うなあ。ロゼッタが怒るよ。
ロゼッタへ説明する内容を考えながら部屋の外に向かう。
それにしても、オレにはやっぱり信仰というものが良く分からないな。
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