第115話 結界の要石

 真っ白な部屋の中で、『結界の要石』と呼ばれる魔道具に触れる。


 大聖堂の中心に当たる場所。『結界の要石』とその台座がなければ気が狂いそうな静寂と白に支配された部屋だ。


 その中でただ1人、魔石に刻まれた式を読む。


「なるほど、なるほど。なるほどな~」


 好奇心猫を殺すってことわざがあったなあ。


 魔力によって強化された脳が、魔術式を高速に読み込んでいく。


 とても面白い魔術式だ。この国以外では使いものにならない欠陥品だろうけど。


 魔術式に使用する精霊語には、各精霊を指す文字がある。それは通常、出力側で使われるものだ。

 照明の魔道具を作るなら、魔力を渡す対象を光の精霊に指定したりする。


 属性を持たない微小な精霊も多いので、精霊の指定は行わなくても魔道具は動作するが、関係する精霊を指定した方が効果は高い。


 魔力の消費を抑えたいオレはよく使う。小型で高燃費で安価なのが、オレの魔道具の売りなのだ。


 ところが、この『結界の要石』という魔道具は逆だ。入力側で精霊を指定している。聖女が持つ4つの属性からしか魔力を受け付けない構造だ。


 内容を精査した感じ、これは結界を張る魔道具ではなく、4つの精霊の力を増幅させる魔道具だ。汎用性を投げ捨てて、極限まで効果を高めている。

 増幅に使用されている魔術式がとても美しい。作ったのはよほどの天才か変態だろう。


 『守護』の精霊の力で結界を作り、『浄化』の精霊の力で死者を遮断し、『治癒』の精霊の力で結界という概念そのものを保全している。

 結界の破損を傷と捉えて、『治癒』の効果を無理やり適応しているようだ。無茶苦茶な使い方だな。


 そして『予見』の精霊の力は……。


「おかしいとは思ってたんだよなあ」


 起き上がった死者の侵入を防ぐのに、『予見』の力の必要性が分からなかった。だけど、現に予見の聖女の魔力が不足することで、結界は弱まっている。


 ならば、『予見』の精霊の力はどう使用されているのか。


「反転されている」


 『予見』の精霊の力とは、未来を予測する精度を高めるもの。それは、人が持つ、知識を組み立てる力を向上させるということだ。


 それを反転させるとどうなるか。


「気付かなくなる。知識の妨害。思考の制限。自分の明日が見えなくなる」


 これが、聖都の穏やかさの一因だろう。明日の不安が見えなければ、それに怯える必要もない。知力が上がらなければ、分からない事象に恐れを抱くこともない。


「救いがあるとすれば、任意発動なところだな」


 少なくても今は発動されていない。


「あの狸親父め。たぶん知ってたな」


 知っていてオレに依頼したはずだ。この真実も、オレがここの国民に伝えたところで怪しい奴のデマだと思われて終わりだ。


「面倒な知識がまた増えた……」


 次の予見の聖女、見つからない方がいいんじゃないか?宗教国家、マジで怖いよ。


 人の意思を抑え込んでまで求める平和を、オレは否定はしない。争いが起きるよりはマシだと思う人もいるだろう。

 これが正しいのか、間違っているのかはオレには分からない。だけど、オレは認められない。誰かとぶつかってでも、欲しい物がオレにはあるから。命を懸けても叶えたい夢がオレにはある。


「はあ。依頼をこなすか」


 魔術式の解読は終わった。特級の魔物の魔石というだけはある。魔石の容量にはまったく問題はない。

 通常の結界を作る機能を追加するのは、すぐに出来るだろう。


「問題はあれだな。壁の中の魔道具の方だ」


 聖都を覆う結界は、核となるこの『結界の要石』と、等間隔で壁に埋め込まれた魔道具によって展開されている。


 『結界の要石』は制御部。壁の魔道具が受信と動作部だ。


 この場で『結界の要石』に魔術式を追加した後、壁の魔道具にも対応する魔術式を追加しなければならない。

 簡単な作業ではある。数分で終わるはずだ。


「でもこれ、聖都1周しなきゃなんないよな」


 何kmあるんだろうか。時間かかりそうだなあ。


 とりあえず、やってみないとどのくらい時間がかかるかも分からない。


「ここはさっさと終わらせて、壁に行ってみますかね」


 『結界の要石』の魔石に意識を戻す。強化された脳で魔術式を入力していく。頭に浮かび上がった魔石の内部領域で、精霊語の文字が踊る。


 書いて、刻んで、打ち込んで。オレの魔術式を並べていく。


「……よし!終了!」


 入力終了。ここでの作業は終わりだ。壁に向かうとしよう。


 真っ白な部屋。その部屋の中で存在感を放つ扉に向かう。強固な扉だ。魔術的に封印されていて、部外者は、そう易々とこの部屋に侵入することはできない。


 この白い部屋に入るためには、聖女の許可が必要だ。


 扉を開ける。内側からなら誰でも開けられるが、扉自体がそもそも重い。


 扉を開けると、オレを見つめる目が2対。女性が2人、扉の両脇に立っていた。ロゼッタとマリアさんだ。会話をしていた気配はまったくない。

 感じるギスギスした雰囲気に、少し居心地が悪い。


「2人とも、ここの作業は終わったよ。次は壁にある魔道具に行こうか」


「ああ、分かった」


「はい。案内はお任せください」


 マリアさんがオレ達を先導する。壁の魔道具への行き方が分かったら、案内が不要なことを伝えようか。ニコラウスさんからもらった許可証で、オレは大体の場所に入れるし。


 3人とも無言で大聖堂の中を通行する。オレはマリアさんに対して、やられたなあ程度の気持ちしかないが、ロゼッタはオレを直接騙したマリアさんをまだ許していないらしい。


 まあ、それは当たり前のことか。オレがロゼッタと逆の立場だった場合、連れ去られる時点でじっとしていた可能性は低い。

 後先なんて考えずに、誰彼構わず叩き潰したことだろう。親しい誰かを喪失を、オレには耐えることができない。


 なので、まあ、この重い雰囲気はどうしようもできない。胃が痛くなりそうなので、なるべく早く仕事を終わらせたいと思う。





 聖都の白い壁の内側。大人が2人並ぶのがギリギリのスペースに、結界用の魔道具が設置されている。


「これで終わりっと」


 予想通り、こちらの改良は数分で終わった。問題は数だ。壁内部の魔道具の数から考えると、丸3日ほどはかかりそうだ。移動する時間が長い。


「とりあえず、魔道具までの出入り方法は分かったから、案内はもういらいないよ。マリアさん」


 案内の終了をマリアさんに伝える。これ以上は沈黙が辛い。


「そうですか。それでは、後はお任せしますね。2人とも、さようなら」


「さようなら」


「……」


 去っていくマリアさんを見送る。その後ろ姿は少し寂しそうに見えた。その姿に、同情する必要はないのだろうけどね。


 さて、次に行こうか。さっさと仕事を終わらせよう。

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