第297話 不明な魔力
ロゼから魔物の異変を聞いた翌日、オレは都市の外にある水田へと足を運んでいた。
目的地は田んぼの横にある低い小屋だ。
「ふむ……」
小屋の前で唸る。
木組みの小屋の中では、数羽の鳥が何となくそわそわした様子で首を動かしていた。
この鳥たちは害虫駆除用の
人によく慣れる鳥で、何かあっても人間が助けてくれると分かっているためか、普段はかなりのんびりとしているのだが……、
「少し前から、なんか落ち着かないみたいなんです」
隣に立つ青年が困り顔でそう言った。この区画の田んぼを管理している仲間の一人だ。
「なるほどね。でも確かに、他の魔物に怯えている訳でもなさそうだ」
腕を組んで考える。
この鳥たちの様子がおかしいことは以前にもあった。ネコ科っぽい魔物が近くをうろついていたときのことだ。
天敵だし、実際に被害が出たこともあるので怯えるのは当然だが……今回の反応はどうも違うようだ。
何かを感じてはいるようだが、怖がっている様子は見られない。
「タローと同じか……」
小さく呟く。
我が家の賢い狼ことタローだが、今回の異変については原因が分からないらしい。
タローは喋ることができないが、人の言葉はかなり理解している。
数度に渡る質問の結果、『異変が起きているのは確かだが、正体と発生方向は分からない。ただ危険な感じはしない』らしい、ということが分かった。
……うん。意味が分からない。
ちなみに念のためアナにも聞いてみたのだが、通訳のリーゼによると『よくわかんない。それより遊んで!』とのことだった。まあ……まだ子供だしな。仕方ない。
さて、タローの感覚を信じるのなら差し迫った危険はないし、他の魔物たちも暴れたりはしていない……が、「それじゃあ気にせず生活するか!」なんて楽観的に判断するのは、オレたちには不可能だ。
少なくとも『危険がないこと』を確認しなければ、色々な活動に支障が出る。
“何が起きるか分からない”では、どう対策していいのかも判断できない。ありとあらゆる危険を想定していては、対策の費用も天井知らずになってしまう。
今も色々な組織が調査を続けているだろうけど……オレも本格的に調べるか。
うん、と頷いて隣を見る。
「とりあえず状況は分かった。オレの方でも原因は調べてみるから、今はいつも通りに働いてくれ」
「はい。分かりました。コーサクさんが動いてくれるなら安心です。よろしくお願いします」
青年はほっとした顔で礼をする。その手放しの期待には若干プレッシャーを感じたが……あえて笑ってみせた。
「うん。こっちは任せたよ」
下の者に不安なく仕事をさせるのもトップの役目。これから会社でも作ろうかと考えているときに、自信のない背中を見せる訳にはいかないだろう。
手を振って歩き出す。
視界に入る水田は、まだ空っぽだ。ここは田植えの時期を少しずらしている区画。
この世界での稲作には圧倒的に経験が足りておらず、毎年色々な条件を試している最中だ。
種籾の選別、苗の大きさ、田植えの時期、水の量、その他いっぱい。どうすれば収穫が増え、どうすれば味が変わるのか。まだまだ、本当にまだまだ、積み重ねが足りない。
「だから、ここで邪魔されちゃ困るんだよなあ……」
豊かに実った田んぼを思い描きながら、オレは足を進ませた。
さて、とりあえず都市の周囲を一周してみた。
結論から言うと魔物が反応しているものの正体は分からない。だけど、足を動かしながら思案したことで、考えはまとまった。
都市を掠めるように流れる大河を見つめ、オレは思考を口に出す。
「まず一つ。たぶん、地震とかの災害は原因じゃない」
地球ではよく聞いた話。地震が起きる前には動物が騒いだりする……なんだっけ、ザリガニが逆立ちするとか? 確か色々あったはず。もう記憶が曖昧だけど。
とりあえず、そういうものではないと思う。
理由の一つは魔物たちに危機感がないこと。都市の周りを一周する間に馬車を牽く魔物なども観察したが、時折なにかに気を取られるような仕草はするものの、逃げ出そうとするような魔物はいなかった。
近くの森にも足を伸ばしたが、小型の魔物たちの分布もいつも通り。この一帯が危ないのなら、安全な地域に移動する魔物がいるはずだ。
二つ目の理由は、この土地の地理。オレは稲作を始める前に都市の記録を一通り調べている。それによれば、この土地は過去、地震の被害に遭ったことがない。
氷龍の通過による雪の被害はいくつか記録に残っていたので、数百年は地震がないはずだ。内陸だし、そういう土地なのだと思う。また、火山なども近くにはない。
この時点で、地震や火山噴火の線は薄いだろう。
そして最後、三つ目の理由は……明らかにおかしな魔力の流れがあることだ。
目を閉じて周囲の魔力に集中する。近くに人や魔物はいないので、より深く力の流れに沈んでいく。
……やっぱりいつもと違う。清涼な川にインクを垂らしたような不自然さ。知らない魔力が空気に紛れ込んでいる。
害意はない。特級の魔物が放つような威圧感もない。詳細は不明で、ただ異変だけを感じる。
そう。
追い掛けようとした魔力の流れは、霧を掴むように消えてしまう。
幾度目かの追跡を諦めて、オレは瞼を開けた。重くなった頭を振る。
「
異常な魔力があるとして、オレがそれを追えないなんてことは本来あり得ない。
発した光が必ず光源に繋がっているように、宙に拡散されても匂いの元が消えないように……今も影響が出ているのなら、魔力の元を探すことはできる。
少なくとも方向くらいは判別可能だ。
だけど今回は曖昧な方角すら分からない。分からないようになっている。
「認識に干渉されてる……」
本来の異常を覆い隠すような認識阻害。オレや魔物たちが感じているのは、その残り香。
そう考えなければ、オレにはこの正体不明の魔力が説明できない。
空を見上げる。春の青い色を隠すように、おぼろな雲が大きく空を塞いでいた。……オレの気分とそっくりだ。
「久しぶりにヤバい案件を引いた……」
この状況が魔術によるものだと仮定すると、相手はとんでもない人数を用意したか、または……とんでもない化け物だ。
「この予想は外れてて欲しいなあ」
オレの勘違いなら大歓迎。
実は皆既日食が起きるときは、自然とおかしな魔力が現れる。影響は特にない。とかだったら嬉しい。いや、皆既日食が起きる予定とか知らないけどね。
……はあ。
ため息を吐いて大河に背を向ける。
とりあえず情報を集めよう。まずは冒険者ギルドに行って、それから何件か商会を訪ねてみるか。
オレは都市の内に向けて歩き出した。
都市の内部は今日も変わらず騒がしい。少しばかり魔物の様子が変だとしても、普通の人々には関係がないようだ。
荷運びの労働者は威勢よく汗を流し、商人たちは昨日より儲けるために奮闘している。
「こうして見ると平和だ――」
「コーサクさん! いいところで会ったっす!!」
この口調と声はリックだ。だけど姿は見えない。どこから――上?
空を仰げば、リックは10メートルほど上空にいた。さすが風の精霊使い。空を飛びながら風に音を乗せているようだ。声はクリアに聞こえる。
で、そのリックは、何故か両手で鳥を捕まえていた。同じ種類の鳥が、あと3羽ほど近くを飛んでいる。
……あれはグラスト商会の伝書鳩(いつも通りハトじゃない)だったような。
「捕まえるの手伝って欲しいっす!!」
………………なるほど?
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