第50話 閑話 創設者リリアナ

 高価な、しかし各々が調和した調度品が並ぶ部屋の中で、1人の少女が荒れている。


「ふざけんじゃないわよっ!!今度こそは絶対に!絶っっ対に許さないわ!!」


 笑顔であれば誰もが見惚れるであろうその美貌も、怒りに歪んでいては台無しだ。


「な~にが『協力させてやる』よっ!なにが『役に立てて誇らしいだろう?』よ!誰がそんなこと思うかバカヤローー!!時間と成果はお金じゃ買えないのよ!!」


 少女の怒りに呼応して、氷の精霊が集まって来ている。部屋の温度は急激に下がり、少女の近くでは微細な氷が舞い始めた。


「リリアナ、入るよ」


 部屋に男が入ってくる。その顔立ちは荒れている少女と共通点があった。親子のようだ。


「寒いっ!リリアナ、落ち着きなさい。部屋の外まで声が聞こえていたよ」


「パパ!!これが落ち着いていられる訳ないでしょう!?この街が占拠されるの何回目だと思ってるの!?半年前に帝国に占拠されたと思ったら、今月は王国よ!!私の麦も戦闘で踏まれてほとんど収穫できないわ!!大損害よ!!」


 少女の住むこの街、大河のほとりに商人達が作った街は、数年前から始まった帝国と王国の戦争により被害を受けている。

 それは戦闘に使う物資の輸送のためだ。両国共に、戦争を有利に進めるためにこの街を奪い合っている。

 かつてはあったこの街の名前も国に奪われ、ただ“貿易拠点”と呼ばれるだけだ。

 人同士の戦争が始まったばかりのこの世界では、まだお互いの憎しみが浅い。その結果、都市の犠牲者がほとんどいないのが唯一の救いだろう。


「仕方ないだろう?私達は商人だ。帝国や王国と違い武力を持っていない。剣を突き付けられて脅されれば、言うことを聞くしかないさ」


「仕方なくなんてないわ!!私は絶対に許さないわ!!だいたい、どっちの国も単独では戦争なんてできないじゃない!!必要な物資だって私達が運ばないと兵だって動かせない、はず……よ……」


「リリアナ?」


 急に考え込み始めた娘に父親が声を掛ける。


「……ええ、そうよ。私達がいなければ、そもそも戦争なんてできないわ。私達がやめれば、皆の協力が得られれば……」


 少女の目がすわっていく。戦う者の目に変わっていく。


「リリアナ?聞いているかい?」


「パパ!私決めたわ!」


 勢い良く、少女が顔を上げて父親に宣言する。


「2つの国を相手に戦争を始めるわ!!私が、この街と商人を守ってみせる!!」


 そう言って、少女は風のように部屋を飛び出していった。後には氷の輝きだけが残る。


「パトリック!!エド!!オスカー!!集合!!」


 父親は嵐のような娘を見送るのみだ。


「商会長は私なんだけどなあ」


 部屋の温度を戻すために窓を開けながら、商会長でもある父親はそう呟いた。




 「いい?3人とも。今言った商会の商会長を呼んできてちょうだい。この街の将来のことで大至急の会議をすると伝えて。うちの商会と私の名前も出していいわ。急いでね!」


「はい」

「了解です」

「いってきます」


「さて、ここが勝負よリリアナ。私がやるわ。できるかどうかじゃないわ。私が、ここで、やるのよっ!」


 3人を送り出し、少女は気合を入れて再び思考に沈む。その瞳に決意を宿らせて。




 商会の一室に、多数の人が集まっている。老若男女幅広い、この都市の商人達だ。


「今日は集まってもらってありがとう。議題は伝えている通り、この都市の将来についても重要な案件よ」


 少女が集まった面々を見渡す。


「知っての通り、この都市の支配先が帝国から王国へ変わったわ。この数年間、支配者が変わる度に戦闘で、この都市は荒らされている。みんなのところも、被害を受けているはずよ」


 ほとんどの商人が頷き、肯定の声を上げる。


「そこで!私のリューリック商会は帝国と王国に対して戦争を仕掛けることに決めたわ!!」


 一斉に室内が騒めく。


「出来る訳ないだろう!」

「兵をどうやって集めるんだ?」

「勝てる訳ないだろ」

「商会長はまだ私だよ」


 パンっ!!


「落ち着いて、質問も反論も後で聞くわ。だから私の話を最後まで聞いてちょうだい」


 1つ手を打ち鳴らし、少女が再び室内を掌握する。


「帝国と王国がやって来て、私達は苦しくなるばかりだわ。私が農地を広げて大事に育てた麦達もほとんど全滅よ。この中にも商品を、培ってきたものを台無しにされたり、商売道具の船や場所を徴収されたり、直接的にお金を持っていかれた人がいるでしょう?」


 つい昨日のようにそれを思い出す商人達の顔は苦い。


「今、この街は戦争のための物資の製造と輸送に使われているわ。実際に仕事を請け負っている人も多いはずよ。私の商会も食料を売っているわ。脅されて格安だけどね。でも、戦争に使われる物資を運ぶのは私達よ。私達が協力しなければ、戦争はできないわ」


 断言する少女に、何人かが思案する表情を見せ始める。


「私達には武力なんてないわ。いいえ、武力なんて必要ない。剣なんてなくても私達にはたくさんの武器があるわ!この中に、今回の王国の動きを事前に察知できなかった人はいる?食料や武器を買い占める動きで、商品の値段で、私達にはすぐに分かったはずよ!」


 当然だという顔をする者がいる。


「商品に関する情報なら、私達商人に敵う相手なんていないわ!私達には、商品と!輸送と!情報という武器がある!国や貴族なんて武力しか武器を持たないのよ。私達は負けないわ!私達には、この街を取り戻す力がある!!だから、私は商人として2つの国に戦いを挑むわ!!」


 右手を振り上げて少女が宣言する。


 その熱意に、拳を握る者がいる。目に希望を浮かべる者がいる。勝率を計算し始める者がいる。


「私は!!この街を独立させるわ!!この街を、商人の手にもどしてみせる!!そのためにこの身を捧げることをここに誓うわ!!だから、一緒に戦ってちょうだい!!」


 少女のその覚悟に、室内は一瞬静まり。


「「「おおおおお~~!!」」」


 そして歓声が爆発した。




 その後、その少女が中心となって街の独立を宣言した。


 当然、帝国と王国は認めず、武力によって制圧しようとしたが、兵を動かそうとすると食糧が無くなり、満足に移動することも出来なった。

そして同時に国内で経済の混乱が発生し、貴族達が対応を迫られた結果、街の独立は黙認されることになった。

ただ1人の犠牲も出さず、商人達は2つの国を相手にした戦争に勝利したのだ。


 少女は街の独立後も、生涯を掛けて街の発展に尽力した。大河の横に広がる街は大きな発展を見せた。

 そして少女の晩年、街から都市と呼べる規模になっていたそこは、少女の死と共に改名され、今では“自由貿易都市リリアナ”と呼ばれている。

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