第49話 冬のち夏
さて、祭り2日目。今は午前中だが、昨日の同じ時間よりお客さんが多い。いいことだ。昨日計算したら、魔石代で赤字だったけど。
昼時が怖い。
「ありがとうーござましたー!」
ふひぃ、接客業は大変だ。今のお客さんでちょっと波が途切れた。
「コーサクさん、来たっすよ!」
「おはようございます」
「2人とも、いらっしゃいませー」
現れたのはリックとイルシアだ。他の子供達の姿は見えない。
「お疲れ様っす。どっちも美味しそうっすね。2本ずつくださいっす」
「はいよ、毎度ありー」
揚げたてを2人に手渡す。食べたことのない料理を、2人は興味深そうに口にした。
「っ!美味いっすね!」
「美味しいです!」
「はっはっは。後で孤児院にも作り方教えるよ」
「いいんですか?ありがとうございます!」
うん。揚げ物の輪を広げていく。
「そういえば、雪像コンテストの投票がさっき始まったっすよ。自分はコーサクさんの熊に投票したっす!迫力あったっす!」
「私はタローちゃんの雪像に投票しました!可愛かったです!」
「へえ~、それはありがとう。他に面白いのあった?」
オレはまだ見に行けていない。屋台で忙しいからね。しょうがない。
「ウェイブ商会が作った船もすごかったっす。帆まで作ってあったっすよ!」
船の帆を雪で?難易度高過ぎない?無理じゃない?
「お花を作ったものもありましたよ!すごかったです!」
何の花だろう?まあ、2人とも楽しそうでなによりだ。うん。オレも色々見てみたいな。
「オレも後で見に行くとするよ」
「その方が良いと思うっす。じゃあ、自分らは他も回ってくるっす。屋台頑張ってくださいっす!」
「頑張ってください!」
「うん、2人とも楽しんできなよ」
他のお客さんが来たのを見て2人は離れて行った。やっぱり帆船の雪像は気になるな。重量的に無理だと思うんだが、どうやって解決したのだろうか。
「コーサクくん、来たよー」
「お、アリスさん、いらっしゃいませ」
続いて来たのは喫茶店を営むアリスさん。店の外で会うのは久しぶりだ。
「え~と、唐揚げ?1つお願いしまーす」
「はい、毎度ありー。どうぞ」
「ありがとー」
アリスさんが小さな口で唐揚げを食べていく。
「おおー。美味しいねー。これ初めて食べたー」
「それは良かったです。お菓子でも油で揚げるものがあるので、後でレシピ教えますね」
ドーナツとかね。甘味が増えるのもいいことだ。
「ホント?ありがとー!またお店きてねー」
「はい。ありがとうございましたー」
人並に消えていく小柄なアリスさんを見送る。うん、少し客足が落ち着いた。静かになったな。
「おう!!来たぞ!!がっはっはっは」
「いらっしゃいませ!お客様声が大きいです!」
来たのはゴルドンだ。うるせえよ。他のお客さんに迷惑だろ!
「おお、すまん、すまん。5本ずつくれ」
1人で食うの?食いすぎじゃね?
「まいどー。ほい、どうぞ」
「がっはっは!いただこう!!うむむ!!美味いな!!酒が欲しくなる味だ!!」
唐揚げ1個を1口で食べたゴルドンが声を上がる。だから声が大きいと……。
「少しは音量を下げろよ。他のお客さんが逃げるだろ」
2mオーバーの筋肉ダルマが高笑いしてる屋台に来るのは冒険者くらいだよ。
「がっはっは。すまん。ついでに20本ずつ追加でくれ。家族に持って帰る」
「はいよ。毎度ありー」
大量購入者用に準備した木皿に入れて渡してやる。
「おう!ではまたな!!」
「ありがとうーござましたー」
ゴルドンの後ろ姿は、人ごみの中でも良く見える。でかいからな。
「コーサクさん、お疲れ様です」
「こんにちは!」
「ちはー」
「3人とも、いらっしゃいませー」
次に顔を出してくれたのはグレイとエリザとジーン。『黄金の鐘』の3人だ。
「コーサクさんが屋台を出していると聞いたので。両方3つずつください」
「はい、まいどー。どうぞ」
オレから唐揚げとフライドポテトを受け取った3人が食べ始める。
「美味いですね」
「美味しいです!」
「むぐむぐむぐ……コーサクさん5本ずつ追加でちょうだい」
いい食べっぷりだ。だがジーンよ、もう少し味わって食べてくれるとオレはもっとうれしいぞ?
「食べすぎだぞ、ジーン」
「ほどほどにしなさいね?」
「ははは。まあ、追加分どーぞ」
「ありがとう!」
グレイとエリザはジーンをたしなめているが、ちゃんと食べてくれるならオレとしては大歓迎だよ。
結局もう1回ジーンが追加で購入し、3人は別の場所を見に行った。
そして昼時、お客さんの波が押し寄せてくる。
忙しさは戦場のようだ。
揚げる時間がある以上、売れるスピードには限界がある。まだまだ続くお客さんの列に、挑み続けるしかない。
「いらっしゃいませー!ありがとうございましたー!」
動く、動く。アームを動かし、口を動かし、手を動かす。鶏肉を揚げて、イモを揚げて、金を受け取り、商品を渡す。何度も何回も。次、次、次!さあ!次だ……?
お客さんが止まった。
まだ並んでいる人はいる。オレの目の前にもお客さんはいる。だが、皆動きを止めて、なんだ?屋台の上を見ている?
上を見上げてみた。
眩しい。
空一面を覆っていた白い雲に、穴が開いていた。そこだけが青い。青空が見えている。
オレが見ている間にも、どんどん雲が晴れていく。空が色を取り戻す。久しぶりに見る高い空だ。
気温も急に上がって来ている。
「おお」
「晴れたぞ!」
「温かい!」
10日以上浴びていなかった日の光に、そこかしこから歓声が上がる。
うん。良かった。これで、この都市は氷龍の影響を完全に乗り切った。
「あったけー。というか暑くなってきたな」
冬の気配が急速に遠のく。夏がやってきた。暑い。ちょっと1枚脱ぐか。
「って、あれ?」
視線を戻すと、お客さん減った?日が差す前と比べてお客さんが減少している。今も後ろにいた人が離れていった。
「…………あ」
やべ。夏の暑い中じゃ、出来立て熱々の揚げ物売れなくね?
ど、どうする?さすがに切ったイモと漬け込んだ鶏肉は売り切らないとまずいぞ。
くっそ、夜か?時間帯ずらして、酒飲み層を狙うか?ええい、対策を考えねえと。でも、とりあえず。
「いらっしゃいませー!!美味しい唐揚げとフライドポテト売ってまーす!!」
今ここにいるお客さんを逃すな!!
こうして、自由貿易都市リリアナは氷龍の飛来を無事に乗り切った。
雪像コンテストはリリーナさんが優勝した。オレも見たが見事な氷龍だった。ああ、見事に
氷の魔術で作ったらしい。雪像じゃなくて氷像じゃんっていうオレの突っ込みは、再び姿を現した虫達の羽音に紛れて消えた。
夏の日差しに、残った雪が消えていく。
移動を邪魔する雪もなくなる。今の時期なら稲も伸び始めたころだ。
さあ、この夏もお米を探しに行こう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます