第220話 聞き取り調査:秘書

 関係者への聞き取り、最初は秘書のカーツさんからだ。本館の応接室で、テーブルを挟んでカーツさんと向かい合う。


 オレの隣では、ロゼが証言の記録を取るためにペンを構えていた。始まった本格的な捜査に、部屋の緊張感も高まって――


「タロー、め~」


 ……高まってないかな。


 部屋の中は穏やかな雰囲気だ。その原因へと視線を向ければ、リーゼがタローと遊んでいる微笑ましい光景が目に入る。


 今はリーゼが積み木をタローの頭に載せる遊び? をしている最中だ。動こうとしてリーゼに注意されたタローは、諦め顔で身を伏せている。うん、悪いなタロー。でも今は頑張ってくれ。後で良い肉でも用意しておくから。


 タローに念を送って視線を戻す。タローの協力に応えるためにも、事件の解決に集中しよう。


 カーツさんの疲れた顔を見ながら、改めて聞き取りの開始を宣言する。


「では、カーツさん。これから事件に関して、いくつか質問をさせていただきます。よろしくお願いします」


「ええ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 さて始めるか。前提の出来事から確認だ。


「では、まずは宝玉の盗まれた時期について再確認です。カーツさんが祭りの準備をしていたときには宝玉は金庫にあり、その2日後に金庫を開けると空だった、ということで間違いないですよね?」


「ええ、その通りです。祭りの前には衣装なども含め、全ての祭具を確認しております。その際に、宝玉は確かに金庫の中にありました」


「ありがとうございます」


 そこら辺の証言は、調査資料と相違なし、と。さて次だ。一応、アリバイ確認だな。ほとんど意味はないと思うけど。


「一応、確認ですが、その2日間でカーツさんが屋敷で1人になった時間はどれくらいありましたか?」


 オレの言葉に、カーツさんは少し考え込んだ。


「私の職務の関係上、各所へ顔を出すことが多いのですが、その移動の際にはほとんど1人となります。あとは……祭具の確認の際も1人で行動をしていました」


「分かりました。ありがとうございます」


 隣ではロゼが今の発言を書き込んでいる。まあ、思ったとおりアリバイ確認は意味が薄い。丸2日もあれば、1人になる時間くらい当然あるだろう。


「それでは次の質問ですが、この街、あるいはレズリーさんが恨まれるような心当たりはありますか?」


 オレの質問に、カーツさんは先ほどよりも深く考え込む姿勢を見せる。そして、眉間の皺を深くしながら口を開いた。


「……恨み、については、特に思い浮かぶような相手はおりません。レズリー様も堅実に街を運営していらっしゃいます。私の知っている限り、恨みを買うような非道な行いをされたことはございません」


 なるほど……。


「では、この街と商売が競合するような相手はいますか?」


「いえ……少なくとも、この街の近辺にはおりません。この街の醸造規模は有数のものです。たとえ酒造が止まったとしても、他の地域が穴を埋めることは出来ないでしょう」


「なるほど。そうですか」


 う~ん、確かにそうか。この世界は魔物がいる関係上、人の生活圏はそう大きくない。その中で酒造に振り切ったこの街は珍しいものだ。他のところは、食べる用の作物を育てて、余ったら酒にする、みたいな感じだからな。


 それにしても恨み関係のあてが外れると、犯人像がさっぱり分からなくなるな。後でロゼと話し合おう。


 あと聞かなきゃないのは……ええと、金庫の鍵を知っている他の3人の人物像だな。


「すみませんカーツさん。この屋敷で金庫の鍵のことを知っていたレズリーさん、ロニーさん、ケイトさんの人柄について聞いてもいいですか?」


「はい。もちろんです」


 カーツさんはオレの質問に頷き、軽く咳払いをして話し出した。


「まずは町長のレズリー様ですが、先ほどもお伝えした通り堅実なお方です。町長に就任して以来、真面目にその職務を果たされています」


「なるほど」


 レズリーさんは堅実で真面目と。イメージ通りではあるな。


「そして、弟のロニー様は優秀で熱意のあるお方です。数年ほど前から独立し、醸造に関する研究を独自に進めておいでです」


「研究、ですか?」


「ええ、私も詳しい内容は存じておりませんが、醸造技術の発展や、魔術の有効利用などを目指しているとお聞きしております」


「へえ、すごそうですね」


 どんなことをしているかは、後で本人に聞いてみよう。


「最後にケイト様ですが、ロニー様とは別な意味で優秀なお方です」


「そうなんですか?」


 いや、そうなんですか? は失礼だったかも。でも酔っ払いだしなあ……。日頃の行動が悪いよ。


「ケイト様は、この街で最も鋭いをお持ちの方なのです」


 鋭い舌……味覚?


「この街ではお酒を売りに出す際に、そのお酒の味によって金額の目安を決めております。ケイト様はそのための等級を決める役割を担っているのです。そして、“山水の精霊”へと捧げるお酒の選別も、ケイト様が担当されています」


 ……予想外に重要な役割だ。


「普段は伸び伸びと過ごされていますが、その仕事ぶりはレズリー様と同様に真面目そのものです」


「なるほど……」


 そう言えば、お酒を飲むことが仕事だって言ってたなあ。ちゃんと働いてるんだ。ただのヤバい人だと思ってました。ごめんなさい、ケイトさん。


「……これでよろしいでしょうか?」


「ええ、ありがとうございます。助かりました」


 さて、他の3人のことも聞けたし最後に何か変わったことがあったか聞いて終わりにしようか。


「えー、それでは最後に、事件の前後で何かいつもと違うことはありませんでしたか?」


 オレの最後の質問に、カーツさんは悩むように視線を泳がせる。あれ、何かあるの?


「……事件とは関係のないことだとは思いますが……」


「とりあえず教えていただけますか?」


 軽く息を吐いて、カーツさんが話し始める。


「宝玉の盗難が判明する前日のことです……。レズリー様と弟のロニー様は激しい言い争いをしておられました。ご家族のこと故に内容は聞いてはおりませんが……」


 そこまで言って、カーツさんは軽く目を閉じた。


「……私が知っている異変は以上となります」


 終わり? あっさりとした内容にカーツさんを見つめても、話を続ける気配はない。

 ……終わりらしい。


 激しい兄弟喧嘩ねえ。確かに2人の仲は悪そうだった。詳細は直接聞いてみるとしようか。


「分かりました。カーツさん、どうもありがとうございます。少し休憩をして、次の方に行きましょうか。次はロニーさんでしたっけ?」


「ええ、ロニー様に声を掛けております」


 そう言って、カーツさんは立ち上がった。


「それでは、お茶をご用意いたします」


「すみません。ありがとうございます」


 カーツさんは軽く礼をして、静かに部屋から出て行った。家族だけになった室内で、つい肩の力が抜ける。


「ふう、話を聞くのも疲れるね」


「うむ。独特の緊張感があるな」


 そう言うロゼは、カーツさんの発言をきちんとメモしてくれたらしい。書くの速いね。後で見せてもらおう。


 さてと、今はカーツさんの話を聞いた感想だな。


「それにしても、秘書のカーツさんでも恨まれてる相手に心当たりがないって言われると、犯人が良く分からないね」


「そうだな。しかしカーツ殿は、この街の近辺では思い当たる相手がいない、と言っていた。他国の者から一方的に敵視されている可能性は捨てきれないだろう」


「う~ん、貴族とも取引してるらしいし、その国の酒造職人に恨まれてるとか? そうなると確かめるのは難しいなあ」


 犯人が分からないようなら、“山水の精霊”に謝って新しい宝玉をもらって、あとは新しい金庫でも用意するしかないか。

 鍵+パスワード式にしておけば、簡単に盗まれることもないだろう。


 まあ、とりあえずは他の3人にも話を聞いてみよう。次は酒造職人のロニーさんだ。

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