第250話 深夜の来客

 星々が瞬く深夜。人工的な明かりの少ないこの世界では、夜空の煌めきが良く見える。その満点の輝きは、このタイミングでなければ見惚れていたいほどだ。


 空に描かれた知らない星座を見ても、寂しさを感じなくなったのはいつからだっただろうか。


 ふとそんなことを考えながら、闇に包まれた家の庭を歩く。


 防犯装置。オレは自分の家を、魔道具を使って難攻不落の要塞へと改造している。見た目は普通でも、家の周囲には多数の検知装置と捕縛機構が埋まっているのだ。

 招かれざる客は、決して敷地内に侵入することはできない。


 もし無理矢理突破するならば、レックスレベルの戦闘力が必要だ。もっとも、それくらい膨大な魔力持ちに狙われたとしたら、先にオレが気付くだろうが。


 そして、守るべき者を背負い、帰る場所を得た今のオレは、例えレックスレベルの相手でも負けるつもりはない。

 リーゼの笑顔が後ろにある限り、オレは無敵だ。そう在らなければならない。そう在ると決めている。


 だから、進む足に淀みはない。傷の一つも負うつもりはないのだから。目的は手早く済ますことのみだ。


 庭を通り抜け、家の裏側の境界付近で足を止める。


「さて、いちおう要件を聞いておこうか」


 そこにいたのは一人の男。右腕と右脚を、空間に縫い留められたように固められている。


「……つくづく、貴様は私達の邪魔をする……!」


「邪魔されたくないのなら、間諜なんて辞めた方がいいよ」


 男とは今朝出会ったばかりだ。だが、その怒りに歪む顔は良く覚えている。壁を突き破って拠点からの逃亡を図り、そしてオレに捕らえられた哀れなスパイだ。


 ここに無事でいるということは、冒険者ギルドから脱走してきたのだろう。らしくない不手際だ。名も知らない目の前の男よりも、ギルド側への苛立ちが湧く。

 本来、あそこはこれほど脇の甘い組織ではないはずだ。いったい何が原因か……。


「私を離せ……!」


 冒険者ギルドに対するオレの思考を、男の声が遮る。


「お前の希望を語る前に、さっきも言ったが要件を話せよ。人の家に勝手に入って来て、簡単に逃がしてもらえると思ってるのか?」


 今のところ、こいつを逃がす理由が見当たらない。目的は、オレへの復讐が妥当なところだろうか。

 その場合は、やはり今朝のオレの選択は間違いだったと言うことだ。


「ぐっ……私の目的は、あの2人だけだ。素直にこちらに返すならば、貴様に手を出すことはないと約束しよう。だが、これ以上邪魔をするならば、貴様は絶対に後悔することになる。我々の主は、敵対する者を許しはしない……!」


 こいつらの雇い主は、王国の貴族だったか。


「ああそう。それで・・・?」


 男は驚愕に目を見開く。


「なに、を……」


 現状を理解できていないコイツは、本当に優秀なスパイなのだろうか。


「ここでお前が死んだら、誰がお前の主とやらにオレの情報を伝えるんだ?」


「……あの時は不覚を取ったが、一対一で私に勝てると思うな。大人しく2人を寄越せ」


「動けない状態で言っても説得力が皆無だな。いいから、大人しくその2人とやらの情報も吐け」


 平行線の主張に、一瞬会話が止まる。


 会話による交渉が成立しなければ、次に来るのは暴力だ。オレを睨む男の顔が嘲るような色に変わる。


「ならば死ね……! 『地よ!』」


 ごく短い詠唱による魔術の発動。威力は小さくとも、機先を制する攻撃は戦闘を有利に進めただろう。


 本来ならば。


「なっ!?」


 男の驚愕の原因は簡単だ。発動したはずの魔術が効果を示さなかった。ただそれだけだ。


「魔術への対策もなしに、口を自由にしておく訳がないだろうが」


 当然ながら、目の前の男の魔術を阻害したのはオレだ。リーゼが産まれて以降戦う機会は減ったが、それでもオレは遊んでいた訳ではない。

 大切なものを守り抜くために、オレは強さを求め続けた、その結果の1つがこれだ。


 魔術妨害。元々オレは魔力へ干渉する術を持つ。それ故に、他人の魔術に干渉できるのではないかという考えは昔から持っていた。


 それでも実現しなかったのは、昔のオレは魔術を使った経験がなかったからだ。魔術の工程が理解できないために、その発動に干渉することはできなかった。


 だが、オレは爆破の精霊の加護を得た。自分が使える技術ならば、対抗手段を生み出すことは可能だ。


「くっ、なぜ!? 『地よ!』」


 混乱したように、男は魔術の発動を試み続ける。


「無駄だよ。オレの前で、魔術の発動は許さない」


 この世界の魔術は、人が精霊に魔力と意思を送ることで成立している。


 ならば魔術が発動する前に、精霊へと渡る魔力を霧散させればいい。その手法は確立した。

 そして、魔力の感知能力を持つオレの前で、魔術の発動を隠すことは不可能だ。


 故にこそオレは無敵を自認する。守るために必要ならば、最強すら封じてみせよう。


「魔術の発動ができない状態で、お前が逃げるのは無理だよ。諦めて、はやくその2人とやらについて教えてくれ」


 オレの促しに、男は顔を怒りに染める。


「教えろ、だと!? 貴様はギルドと結託して全てを理解しているはずだ!! いいから私を離し、あのガキどもを渡せ!!」


「……なるほどな」


 別にギルドとは結託していないし、状況は理解できていない。だが、2人で、ガキ、となれば、心当たりは限られる。


 そしてその片割れは、どうしてだかすぐ傍まで来ていた。


「……その人が探してるのは……僕達だよ……」


 振り返れば、そこには体を震わせたルカの姿。


「ルカ。子供はまだ寝る時間だぞ?」


「うん……でも、これは僕達の話だから……」


 震えながらも、ルカはオレを見る。


「ごめんなさい……お兄さん。こうなるとは……思ってなかった……」


 状況は不明だが、言うべき言葉はある。


「謝る必要はないさ。実はこの程度の面倒な話は、オレの人生にはよくあることなんだ。だから別に、迷惑だとも思ってない。むしろ、大人を頼るのは正しい判断だ。……ところで、エルは寝てるのか?」


「うん……。お姉ちゃんは朝まで起きないよ……そうして来たから……」


 最後が少し不穏だったが、今は後回しだ。ルカと話す前に、コイツをどうにかする必要がある。


 視線を戻せば、ギラギラとした目でルカを見る男の顔。


「そうだ。お前だ。ルカ。お前達の居場所はどこにもない。だが主の役に立つ限り、お前達の生にも意味がある……!」


 物言いが不快だったので、視線を遮るようにルカと男の間に立つ。あとは、何発が殴っておくべきだろうか。


「言っている意味が分からないな。エルもルカも普通の子供だろう」


「はっ! 普通の子供だと? こいつらが? 人の心を操るようなガキが、普通であるはずがないだろう!」


 男の言葉に、冒険者ギルドで聞いたトールさんの言葉を思い出す。


 冒険者ギルドの秘密は“誓約”の魔術によって守られている。その魔術により、本人の意思に関係なく、決して情報を漏らすことはできないのだ。


 だが、その“誓約”を解除できる魔術適性が存在する。精神操作と仮称された適性。そして、間諜達はその適性を持つ者を確保している可能性がある、と。


 つまり……エルとルカがその適性持ちと言うことだ。


 だけど、それが、その程度がどうしたと言うのか。


「たかだか少し珍しい適性を持っているだけで、子供相手に騒ぐなよ。みっともない。珍しさで言うなら、オレの方が希少なくらいだ。こっちは世界で一人だぞ。ちょっとくらい面倒な適性を持っているだけで、オレが手を離す訳ないだろうが」


 エルもルカも、普通に笑って、美味しそうに食べて、リーゼと苦労して遊んでくれて、同年代の子とはしゃぐような、普通の子供だ。


 そして関わった以上、オレの庇護の対象であることは変わらない。


「2人の居場所はあるさ。少なくとも、今はこの家が2人の居場所だ。家主であるオレが保証する。だいたい、子供2人を放り出しておきながら、ふざけたことを言うんじゃねえよ」


「いつ心を操ってくるか分からないガキを、自分の近くに置いておけるか……!」


 2人が個別に行動していたのは、そんなくだらない考えが原因らしい。そのおかげで会うことができたのだから、結果的に言えば文句はない。


 だが、言葉に滲む悪意が気に障る。とてもだ。


「ああ、分かった、聞きたいことは聞けたからな。あとは寝てろ。おやすみ」


「がっ!?」


 ボンッ、と、顎を横から狙って爆破の魔術を一つぶつける。衝撃で脳を揺らされた男は、白目を剥いて沈黙した。


 そういえば、最後まで名前聞いてなかったな。まあいい。興味もない。


 さて、静かになったところで、ルカから詳しい話を聞きたいところだ。だけどその前に。


「冒険者ギルド側からは、何か言うことがありますか? トールさん」


 気絶した男の向こう。オレの防犯用魔道具群の検知範囲ギリギリ外に佇むトールさんへと声を掛ける。

 魔力察知の能力があってもなお、見逃してしまいそうな気配の薄さだ。


「コーサク様。夜分遅くに失礼いたします」


「どうも。別に構いませんよ。ちょうど起きていたので」


 半分くらいは皮肉だ。


「まずはこちらの不手際をお詫びいたします。大変申し訳ございませんでした」


 薄闇の中で、トールさんは深く腰を折る。見本にしたいほどの謝罪ぶりだ。


「……謝罪よりも、何がどうなっているのか、説明をお願いしたいところですね」


「はい。もちろん、全てをご説明いたします。そのために、一度冒険者ギルドまでお越しいただけますでしょうか」


「今から、ですか?」


「はい。早い方がよろしいかと」


 ……どうにも、長い一日はまだ続くらしい。


「……分かりました。今から行きますよ」


 溜息を吐きながら見上げた星々は、下界の騒動も関係なく輝いている。この夜が明ける前に、さっさと話を聞きに行くとしよう。

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