第304話 地下調査

 さて、今日も今日とてお仕事だ。田植えは一段落ついたので、今日は魔道具職人として働こう。


 注文のあった魔道具を荷車に積んで家を出る。春の明るい陽射しが目に染みた。


「今日もいい天気、と」


 ゴロゴロと荷車を牽いて目的へ。急ぎの品のため、今日は使用場所へ直接届けることになっている。

 荷車を牽きながら見える街並みは平和そのものだ。よく分からない異変が起きているにも関わらず、住民の顔は春の陽気に染まっているように見える。

 目に見えて生活に異常が出ていなければそういうものかもしれない。


「下手に混乱するよりはいい、かな」


 まあ、いざ何かが起こったら素早く意識を切り替えてくれるだろう。魔物の襲撃という災害と常に隣り合わせのこの世界では、それは必須の能力だ。


 一人頷き、春祭りの飾りが増えてきた街並みを眺めながら歩くこと少し、今日の目的地が見える距離まで来た。


 都市の中心部から少し離れた場所にある住宅街だ。昼間は比較的静かなこの場所に、今は土を掘る作業音と太い掛け声が響いていた。


 音の発生場所へと足を踏み入れ、作業を行う人々に挨拶をする。


「おはようございます。魔道具の納品に来ました」


「お、来たか。ちょっと待っててくれ。監督役を呼んでくる!」


 走って行く作業員の背中を見送る。商品を受け取ってくれる責任者が来るまでの間、オレは目の前の光景を観察することにした。


 まず、ひときわ目を引くのは巨大な滑車かっしゃだ。太く頑丈そうな木の骨組みに、子供の背丈くらいもある大きな滑車が取り付けられている。

 滑車に巻き付いているのはこれまた太く光沢のあるつなで、綱の片側は汗だくの男達に握られ、反対側は暗い地の底へと続いていた。


 規模を大きくした井戸のような見た目。だけど綱に引かれて地下から昇ってくるのは水ではなく、山盛りになった“土”だ。

 地上に現れた土を、他の作業員たちが手早くスコップで取り除いていく。


 目の前にあるのは、言うならば“荷物用エレベーター(人力)”。身体強化の恩恵により、昇降するその速度は人力とは思えいなくらいに速い。


 エレベーターが底まで着き、作業員が綱から手を離したところで、指示を出していた壮年の男性が近寄ってきた。


「やあ、すみませんね。お待たせしました。助かりましたよ。今の時世じゃ木材が中々回って来なくってね」


「いえいえ、異変の調査のためですから。できる限り協力はさせていただきますよ」


 にこやかに返しつつ、持って来た魔道具を確認してもらう。


「縦穴の補強用に調整した『防壁』の魔道具です。使用方法は今使われている物と同じですね」


「ええ、確かに。ありがとうございます。これで穴掘りに集中できますよ」


 会話の合間にも、すぐ近くに空いた深い縦穴からは土を掘る音が聞こえてきていた。


「それで、何か、怪しい物は掘り当てましたか?」


 監督役の男性は苦笑いを浮かべた。ああ、これは無さそう。


「今のところは何も」


「そうですか……」


 住宅街での掘削工事。その目的は異変の調査だ。今回の異変の中心地はこの都市そのもの。ゆえに都市のどこかに原因となる“なにか”があるという仮説が立てられ、都市内の調査が進んでいる。


 地下の調査はその一環だ。地下水道には何の異常もなかったので、さらにその下まで掘り進められている。

 少し違うがボーリング調査のようなものだ。この場所以外にも数か所で並行して掘削工事が行われている。

 今のところ、どこにも異常は見当たらないらしいけれど。


 オレが造った魔道具は掘った穴の補強に使われている。普段であれば穴の壁は木材で補強しているらしいが、都市で流通する木材は今、多くが建物の材料として使われている。

 今回の異変の範囲外、いざというときの避難先として整備されている区画の住居用だ。


 縦穴の補強に使えるほど木材に余裕がなくなったため、代替手段としてオレのところまで仕事が来たのである。

 掘った縦穴は調査が終われば再び埋めてしまうため、むしろ余計な資材を使わなくてよかったかもしれない。


 ……それにしても、今回の異変の原因はどこにあるのだろうか。


 頭の片隅にこびりつく疑問に内心で溜息を吐き、オレは監督役の男性との世間話を切り上げることにした。作業の邪魔になっても悪い。


「――それでは私はこれで。掘削作業、頑張ってください」


「ええ、ありがとうございました。次の追加注文がないことを精霊に祈っておきますよ」


 ははは、と笑って現場監督は仕事に戻っていく。


 もしまた追加の注文が来るとしたら、今予定している箇所を掘り返しても一切原因が掴めず、掘削場所を増やす場合だ。

 つまり駄目なパターン。


 都市中を掘り返さなくても済むよう、何かしらの手掛かりが掴めることを願いたい。

 ……この場合はどの精霊に祈ればいいんだろうか。……えにしの精霊?


 そう一人で首を捻っていると、誰かが近づいてくるのが視界の端に見えた。

 若い男だ。無駄のない引き締まった身体つき。腰には一本の細い剣を差している――というか顔見知りだ。


「あれ、おはようストーム。何してるの?」


 若手冒険者のストーム。『切裂き男』ことスライの弟子で、喫茶店を経営するアリスさんに猛アタック中の青年である。

 魔力の少なさを理由に貴族である実家から勘当された過去を持つが、今ではすっかり立派な冒険者だ。


「おはようございます。今日はこの場所の護衛ですよ」


 ストームは腰の剣を軽く叩き、ちらりと地面に空いた穴を見た。


「危険な存在が掘り起こされないとも限りませんから」


「ああ、なるほど。確かにね」


 地面の下に異変の原因があるとして、掘り当たったソレ・・が静的なものである保証はない。仮に魔物であれば、暴れ出す可能性もあるだろう。


 しかし、周囲を見渡しても冒険者の姿はストーム一人だけだ。


「でも一人じゃ手が足りなくない?」


 スライに鍛えられているおかげで、ストームの剣の腕は若手の中ではかなりのものではある。が、強力な魔物が相手では厳しい。


「主力は冒険者ギルドに詰めていますよ。何かあったら合図の魔術を打ち上げることになってます」


 まあそうか。掘削箇所は複数あるし、当たりが出るかも分からない場所全てに人を置く余裕もないだろう。


「原因が見つかって、さらに危険もない……なんて都合のいい結果になればいいんだけどね。ところでスライは冒険者ギルド?」


「はい。師匠は主力側の人員として待機してます。何も動きがないので『暇だ。狩りに行きてぇ』とぼやいていますよ」


 言っている光景が目に浮かぶ。あと地味にストームの声真似が上手かった。さすが一番弟子。


「早く原因を見つけないとスライが暴れ出しそうだ」


「コーサクさんでも原因に心当たりはないんですか?」


「残念ながら、さっぱり。今回は知識も感覚も役に立たってないから、調査用の魔道具の開発に手をつけたところだよ」


 魔力察知が使えないので、空気中の魔力を測定できる魔道具を開発中。ちなみに既に座礁中だ。

 オレは自分がどうやって魔力を感じているのか理解できていないし、魔力を測定できるような装置に心当たりもない。


 もしかしたらこの世界のどこかでは開発されているのかもしれないが、希少な技術というのは基本的に秘匿されるものだ。オレには調べる手段もない。


 そろそろ本格的に『そもそも魔力とは何か』という疑問に挑むべきかもしれない。

 ……一朝一夕じゃ終わる気がしないなあ。生涯を懸けて取り組むような分野じゃない、これ?


 ああ、ストームの『さすがコーサクさん、独自に動いてるんだ』という視線が痛い。あまり期待されても困る。……頑張るけど。


「まあ、オレのことはともかく。ストームは最近変わったことに心当たりはない?」


「変わったことですか……魔物の変化くらいしか心当たりはありませんね。いつもより狩りがしやすいです」


「魔物が何かに気を取られている、ってやつか」


 命のやり取りで気が逸れるのは致命的だ。


「それもありますが……感覚的な話ですが、普段より逃げる魔物の数が少ないように思います」


 ……ん?


「逃げる魔物の数が少ない?」


「気がする、くらいの話です。人の武器を見ると逃げ出す魔物は多いですが、何度かむしろ向かってくる魔物に遭遇しました。最近はあまり狩りに出ていないので、たまたまかもしれませんが」


「ふむ……」


 都市周辺の狩場は多くの冒険者や兵士が入るので、生息している魔物も人を警戒するようになっている。


 普段は逃げるはずなのに逃げない魔物。実際に戦って初めて気が付くような変化。個体差か。違うのならどういう意味を持つのか。


「ん~~……とりあえず情報ありがとう。考えてみるよ」


「お願いします。この都市は、平和で賑やかな姿が一番ですから」


 ストームはどこか遠くへと視線を向けてそう言った。その意見にはオレも賛成だ。


「ところでコーサクさん、アリスさんのお店で、春にちなんだ新作ケーキが販売されたんですが――」


 アリスさんの影響で、すっかり甘党だなあ……。

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異世界でもお米が食べたい 善鬼 @rice-love

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