第152話 帰る場所

 さらに2週間ほど走り、ようやく貿易都市の姿が見えた。


 2ヶ月ぶりの喧騒が懐かしい。ロゼは何事もなく過ごしているだろうか。都市の雑多な賑わいが近づいてくるほどに、心は逸っていく。


「やっと着いたねえ」


「おう、今回の旅は長かったな」


 オレの言葉にレックスが反応する。その姿には、疲労の色は見えない。帰りの魔力供給を全て頼んだのに元気だ。


「レックスは自分で走った方が早いから、馬車の旅が長いのは当然だよ。さて、もう少しよろしく」


「任せろ」


 引き続き、レックスに魔力供給を任せる。都市はもうすぐそこだ。目の前には、都市に入る馬車たちが並んでいる。

 オレも改造馬車の速度を落とし、その後ろに付けた。



 何事もなく都市の中に入った。帝都よりも新しく騒々しい街並みを進む。大通りをゆっくりと走り、自宅のある道へと入る。


 都市の外れにあるオレの自宅付近には、相変わらず人気が少ない。

 前方に通行人がいないのを確認して、少しだけ速度を上げる。石畳の上げる音が少し強くなった。


 そして、家の前に着いた。


 改造馬車を停止させる。車庫の扉を先に開けなければならない。そのために、御者台から降りる。

 一歩踏み出した瞬間に、家の中からバタバタと音がした。


 玄関の扉の向こうから声がする。


『わふ!!』


『タロー、そんなに急いでも、自分で扉は開けられないだろう?』


 足音がする。聞きたかった声がする。


 家の扉が、内側から開いた。白い塊が飛び出してくる。


「わふ!!」


「おおっと」


 出発する前より大きくなったタローが、前脚を上げてオレに飛びついてくる。衝撃が重い。後ろに転ぶかと思った。


 その白い毛を撫でてやると、一転してオレの足元をぐるぐる回るようになった。嬉しそうな様子に頬が緩む。


 そして、オレ達の様子を見て笑う柔らかな声がした。


「ふふふ」


 顔を上げる。ロゼの姿がそこにある。微笑みを浮かべてそこに立っている。


 顔色は悪くない。調子は良さそうだ。ふと目が引き寄せられた腹部は、少し膨らんでいるように見えた。


 目線を戻し、少しだけ無言で見つめ合う。ロゼが笑っている光景を、そのまま見ていたいと思った。


 オレの見つめる先、柔らかさを増した表情で、ロゼの唇が動く。


「おかえり、コウ」


 その言葉に、なんだか泣きそうなほどに胸が詰まる。


 ずっと帰る場所なんてないと思っていた。この世界の異物であるオレに、本当の居場所なんてないと、心の奥でずっと思っていた。


 だけど今は、帰ってくる場所がある。ロゼのいるこの家がある。


「ただいま、ロゼ」


 この安堵感だけで、オレは幸せだった。





 改造馬車を車庫にしまい、風呂に入って着替えた。とてもさっぱりした気分だ。


 今は居間でロゼとソファに座っている。タローはオレの膝の上だ。レックスは、オレを置いてすぐに出て行った。気を遣ってくれたようだ。


「タロー、大きくなったなあ」


「わふ」


「言われてみればそうだな。私は毎日一緒にいたから、あまり気にならなかった」


 膝の上にいるタローの頭を撫でる。その体は大型犬サイズにまで成長している。ちょっと重い。

 それでもタローはまだまだ子供だ。大人になったら、食費が跳ね上がりそうだな。


 白いふわふわの毛を撫でながら色々と考える。隣に座るロゼに意識を向ける。ぴったりとくっついて座っているため、ロゼの体温を右腕に感じる。

 このまま無言でいても幸せな感じだが、ロゼと話したいことはたくさんある。何から話そうか。


 迷っているオレの隣で、ロゼが先に口を開いた。


「さて、コウ。まずは魔力をどうしたのかを聞かせてもらおう」


 恐る恐る右を向く。綺麗な空色の瞳がオレを見ていた。その表情は笑顔だ。うん。でも、これは……怒ってるな。


「ああ~……」


 まあ、素直に怒られるって決めたから、正直に話すか。


「ええ、と。ちょっと色々あって大昔の悪龍が甦ったから、その悪龍を止めるために少し無茶をして。その結果、魔核が割れて……魔力はほとんどなくなった、みたいな?」


 オレの言葉が進むほどに、ロゼの眉が寄っていく。その顔は完全に怒った表情になってしまった。


 ロゼの手が、オレの顔に伸びる。その指がオレの頬を摘まんだ。力が籠められる。痛いです。


「……何をしているんだ、コウは」


「……ごめんあひゃい」


 頬も痛いが、ロゼの悲しそうな目も痛い。


「まったく……コウはいつも無茶をする。たまには、私の身にもなってみるべきだ」


「……はい、ごめんなさい」


 確かに、逆の立場であれば、オレはじっとしていられないだろう。他の人々が犠牲になると知っていても、ロゼを止めるはずだ。


 今回は無茶をした自覚はある。それでも、自分では止まれないのだ。何かを失うくらいなら、オレは自分の命を懸けてでも、その原因を壊す。そうしてきた。


「…………ふう。コウが無事で帰ってきたのだから、私はそれでいい。でも、次からは無茶をしないで欲しい。私とこの子を置いて行ってしまう可能性もあったのだぞ?そもそも、何故帝国に行っただけで龍に出会うのだ」


 ロゼの当たり前の感情が胸に突き刺さる。かなり痛い。


「……はい。すいません。でも、色々あったんです。いえ……以後、気を付けます」


 途中でロゼの眼光が鋭くなる。やっぱり言い訳は駄目だな。


 心の中で言い訳をさせてもらうなら、一応、常に逃げる準備はしていたのだ。死ぬつもりはなかった。

 甦り立ての龍の動きが鈍かったから、いざとなれば何とかなるという意識はあった。


 ……まあ、今のロゼには言えそうにないけど。もっと怒られそうだし。


「それで、他に無茶なことはしていないのだろうな?」


 追及が終わらない。そろそろ、お義父さんに会った話とかしたかったんだけど。


 だいたい他に無茶はしていない……いや、したか。厳密には未遂だけど、ルヴィの復讐を肩代わりしようとしたな。

 いや、でもこれはセーフだろ。やってないし。無茶をしようとしただけで、実行はしていない。


「む、他にもあるのか」


 ……やべ。表情でバレた?


 どうしようか。いや、まあ、話さないと納得してもらえないから、話すしかないんだけど。ロゼに嘘はつきたくないし。


「ええと……昔の恩人に帝都で会ったんだけど。貴族のせいで村が滅んじゃって、帝都で復讐のために活動してたんだよ。だから、その復讐を止めさせるために、代わりに貴族を、こう……討とうとした、かな。いや、未遂だよ?やってないよ?」


「……」


 ロゼが無言で頬を抓ってくる。痛いです。


「はあ、貴族に手を出す大変さは、コウだって知っているだろうに」


 ため息を吐きながら、ロゼ言う。いや、知ってるけどね。


「ええと、はい。ごめんなさい」


 正確に言うなら、貴族を害したことがバレると・・・・大変になる、なのだ。貴族1人を消すくらいなら、証拠を残さずやれる自信がある。

 対人用の長距離狙撃とか、準備に時間がかかるけど出来るし。風除けの魔術は便利だ。


「むう?」


 オレの心の中の言い訳を察知したのか、ロゼがオレを見て不審そうに唸る。やべ、そろそろ話題変えよう。


「ああ、そうだ。帝都に行く途中で、ロゼのお父さんのデュークさんに会ったよ。いい人だった。ロゼとのことも話してきた」


「……お父様に?」


 ロゼが驚いた顔をする。というか、ロゼはデュークさんのこと、お父様って呼ぶのか。貴族らしいというか、何と言うかこう、いいね。


「うん。貴族として公式にロゼと会うことは出来ないけど、子供が産まれたら、領地においでって言われたよ」


 もう少し面倒な話し方はしたけど。意味はこんな感じだ。


「そう……か。お父様が」


 ロゼが目を閉じる。その口元は、少しだけ嬉し気に持ち上がっていた。そのまま、ロゼがオレの肩に頭を預けてくる。


「……ありがとう、コウ」


 ロゼがオレに礼を言ってくる。やっぱり、家族には会いたかったのだろう。


「どういたしまして。あと、こっちこそありがとう」


「む?」


 ロゼが不思議そうに声を出す。


 いつだって、ロゼに感謝しているのはオレの方だ。今も、一緒にいられるだけでオレは嬉しい。


「ははは。オレと一緒にいてくれてありがとう。愛してるよ」


「むう……そういうのはズルいと思うぞ」


「ええ?何が?」



 その後も、離れていた2ヶ月間の出来事をお互いに話した。ロゼの日常も、中々大変だったようだ。

 ロゼがお世話になった人達には、後でお礼を言いに行きたいと思う。

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