第151話 別れ

 ルヴィと語り合った翌日。仮拠点の家の前で、ルヴィと最後に言葉を交わす。


 天候は曇り。空一面が雲の白で、太陽の位置も分からない。空と同じように、お互いの息も白かった。乾いた冷たい空気が鼻を突く。

 赤くなった鼻の奥がツンとするのは、きっとその寒さのせいだ。


「じゃあ、オレ達は行くよ。この家はルヴィの好きに使って」


「ああ、ありがとう」


 仮拠点の家はルヴィに譲ることにした。あと、役に立ちそうな魔道具も置いてきた。村の復興は困難な道だ。その手助けになればと思う。


「いつか、家族を連れて村に顔を出すよ。オレが一番助けてもらった場所だって」


「はは。なら、俺も気合を入れないとな。コーサクが来たときに、何もないんじゃ困るからな」


 朗らかにルヴィが笑う。その表情には決意の熱量が見える。この寒さの中でも、その意思は燃えていた。


「……ルヴィ、元気で。またね」


「ああ、またな。コーサク」


 また会うことを誓う。


 その優しい笑顔に見送られ、オレは改造馬車に乗り込んだ。隣では、レックスが既に運転の準備を終えている。


 改造馬車が走り出す。


 ルヴィの姿が遠ざかっていく。お互いに手を振りながら、見えなくなるまで、その姿を追い掛けた。



 ガタガタと車輪が石畳を叩く。大通りを進み、門を越える。目指す貿易都市はまだまだ先だ。


「帰りも飛ばすぜ」


 いつも通りに不敵に笑いながら、レックスが呟いた。


「よろしく。でも、しばらくは安全運転でね」


「ははは!」


 だから返事をしろよ。



 いつだって、別れは辛い。それでもお互いのやるべきことのために、一緒にいることはできない。

 オレに出来るのは、もう一度出会うその時に、胸を張れるように生きることだけだ。





 帝都を出発してから数日が経過した。寒々しい道の上を、レックスの運転する改造馬車が疾走する。


 その御者台の上。レックスの隣で、自分の掌の上に意識を集中する。


 ボボボッ。


 紅蓮が咲く。魔術によって起こされた、小規模な爆発が音を響かせる。

 出力が安定しない。意外と制御が難しい。


 魔力の量を調整するオレの横で、レックスが呟く。


「暇だ。魔物でも出ねえかな」


「運転してるんだから、暇じゃないでしょ」


 ボボッ、ボボボボッ。


「ずっと真っすぐじゃねえか。これじゃあ、眠くなるだけだろ」


 まあ、確かに今は綺麗な直線だ。前方に他の馬車もない。でも、居眠り運転は困る。


「はい。干し肉でも噛んでおいて。もう少ししたら交代するから」


「おう」


 レックスに干し肉を渡す。顎が動いていれば、簡単には眠ったりしないだろう。それでもヤバそうなら、運転を代わるか。


 ボボボッ、ボボボボボボッ。


「……なあ、それ楽しいのか?」


 空中に爆ぜるオレの魔術を横目で見て、レックスが声を上げる。


「う~ん。まあ、結構楽しいよ」


「そうか……」


 自分で魔術を使えるというのは、新鮮な感覚だ。中々楽しい。とはいえ、これは遊びでやっている訳ではない。

 オレの戦闘力向上のための、修行の一環だ。


 爆破の精霊であるボムの宿主になったことで、オレは精霊使いになった。レックスと同じだ。

 まあ、レックスと違って適性が1つしかないから、他の魔術は使えないんだけど。


 精霊使いの恩恵は大きく2つある。1つ目は詠唱がいらないこと。使おうと意識すれば、魔術を発現できる。


 2つ目は、消費魔力の軽減だ。魔術は精霊との親和性が高いほどに、消費する魔力を軽減できる。

 精霊使いともなれば、消費する魔力は極僅かだ。それこそ、今のオレでも、小規模な魔術なら使用できるほどに。


 いったん魔術を止める。


 馬車の横に腕を伸ばし、流れていく景色の中に爆発が生まれることを想像する。


 ボッ、ボッ、ボッ、ボッ。


 高速で移動する改造馬車の横を、魔術による爆発が流れていく。その高さは一定ではない。


「う~ん、難しい」


 自分から距離が離れるほどに、魔術を制御する難易度が上がる。命中率を考えれば、オレの魔術の射程は20メートルと言ったところだ。


 まともに身体強化が使えれば、もっと精度を上げられるとは思うが、今はこれで精一杯だ。身体強化は魔核が治らないと使えない。今の状態だと、発動できる時間が短すぎる。


 ……戦闘で身体強化を使えないのは致命的だよなあ。


 少なくとも、これまでのような高速機動はできない。肉体の強度も上げられない以上、防壁に籠った方がマシだろう。


 防壁の結界の中に籠り、爆破の魔術で相手を怯ませ、爆弾か魔力腕で仕留める。それが今の理想形だろうか。


 今出せる爆破の魔術は威力が低いが、それでも顔面に食らったら、大抵の生き物は怯むだろう。

 詠唱がいらないのが強みだな。魔力察知と組み合わせれば、どんな相手にも先手を取ることは可能なはずだ。


 まあ、虫系、ゴーレム系、植物系の魔物を相手にする場合には不安が残るが……。アイツらまもとに怯まないしな。

 そっちは……いざとなればごり押しするか。魔石の消費を無視していいなら、討伐は可能だ。


 自分の戦い方を考えつつ、最後に大きな爆発を作る。割れた魔核から魔力が汲み出された。


 ボンッ、と、爆発音が響く。馬がいなくて良かったな。いたら気軽に使えないところだった。


「はあ、今日はこんなもんかな」


「終わりか?」


「うん。終わり。運転を代わるよ」


 元々少ない魔力がさらに減っている。余力を残すなら、今日の修行はこれで終わりだ。


 改造馬車を止めて運転を代わる。


 まあ、魔力の供給は、依然としてレックスにお願いする訳だけど。オレは本当に運転するだけだ。


「よし。飛ばすよ。レックスは魔力よろしく」


「おう、任せろ」


 改造馬車を走らせる。レックスの荒い運転を笑えないくらいには、オレの運転するスピードも速い。


 早くロゼの顔が見たかった。


 お米は手に入らなかったけど、ロゼに話したいことはいくつも出来た。


 初めて出会ったお義父さんのこと、オレの恩人のこと、これからのこと。色々ある。


 だから、ロゼに会いたい。早く帰りたい。そのために、オレは改造馬車の速度を上げた。

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