第16話 嫌いなものもある

 イラつく、イラつく、ああ、イライラする!


 リードの商会を出て、だんだん怒りが増してきた。


 オレの魔道具でボロ儲けしておいて、代償の情報をまともに調査していないのが、ムカつく。

 オレに嘘をついて情報を渡したのがムカつく。

 そしてオレを貴族関係のごたごたに巻き込もうとしたのが許せない。


 王太子がワイバーンを手に入れたとして、有効活用されるか?される訳がない!ガーディア家?聞いたことも無ねよ!


 帝国だろうが、王国だろうが、この世界の貴族は腐っている。

 貴族は掃いて捨てるほどいるが、まともに統治している貴族なんて両国合わせても両手の指で数えられる。

 その数少ない貴族の名前は憶えているが、ガーディア家はその中に入っていない。当然かかわらない方が良い相手だ。

 見えてる地雷を誰が踏むか!

 魔道具で貴族に目を付けられてもロクなことには絶対ならない。


 元々貴族は多くの魔力を持ち、民を守る存在だった。大昔、250年くらい前の話だ。その頃までは貴族というシステムは上手く機能していた。


 だが、250年前にある存在が現れた。伝説の剣士とうたわれる、この世界で初めてのドラゴンスレイヤーだ。

 彼は悪龍を討伐してからも多くの魔物を倒し、多くの人を救った。彼のおかげで強大な魔物は打倒され、または魔境の奥に追い払われた。

 この大陸は平和になった。


 平和になったこの大陸で貴族達はどうしたか?ただ堕落した。


 生まれ持った大きな力は魔物に振るわれることが無くなり、残ったのは自分達が特別だという意識だけだ。

 そうして自分を律することもできず、今度は貴族間で争いを始めた。


 魔物の脅威によって人と人との争いが無かったこの世界は、平和になったことによって戦争が起きたのだ。馬鹿な話だ。龍殺しも浮かばれないだろう。


 オレは貴族が嫌いだ。こっちに来てから貴族が絡む案件でロクなことがなかった。傲慢と無関心と膨れた自尊心が服を着ているようなゴミみたいな連中だ。

 平民は無条件で自分達の言うことを聞くのが当然だと思っていやがる。


 オレはこの都市にいるのも、貴族嫌いが理由の1つだ。自由貿易都市リリアナは、4つに商会によって治められている独立都市だ。

 帝国にも王国にも属さない。貴族の権限が及ばない地だ。

 200年前に、名前にもなってるリリアナさんが帝国と王国の戦争にキレて独立させたらしい。

 リリアナさんに同感だ。貴族にはかかわるものじゃない。


「ああ~。連鎖的に嫌な思い出まで思い出して気分悪い~。なんか食おう」


 嫌なことがあったら、とりあえずよく食べて、よく寝ればマシになる。



 露店は混んでたので、馴染みの喫茶店に来た。


 カランカランとドアを開けるとベルがなる。


「いらっしゃいませー。あれ?コーサクくん?ずいぶんと早いねー」


「おはよう、アリスさん。朝から嫌なことがあったから、甘い物食べたくて」


「へえー、珍しい。空いてる席へどうぞー。まあ、今はお客さんいないけど」


 ここは甘いお菓子が名物の店だ。さすがにこんな早朝では客はまだいないか。


「ご注文はー?コーサクくんがレシピをくれたチーズケーキも人気だよー」


「じゃあ、チーズケーキのセットと、苺のケーキもお願いします」


「ほいきたー。ちょっと待っててねー」


 小柄な体に可愛らしい給仕服を着たアリスさんが、軽やかに動き回る。

 手際よく紅茶をいれ、切ってあったケーキを取り出し運んで来て席に並べ、そのままオレの正面に座った。


「どうぞ、召し上がれー」


「ありがとうございます。いただきます」


 チーズケーキから食べる。くどくない程度のチーズの味と香り、舌触りもとてもなめらかだ。


「うん、美味しい」


「そうー、良かったー」


 アリスさんがニコニコと笑いながらこちらを見ている。ちょっと食べづらい。


「この間もねー。エリザちゃんが来て、チーズケーキ食べて美味しい!って大騒ぎしてたよー」


「ああ、そういえば確かに、この前に護衛してもらったときに新作のケーキがでたとか言ってた気がする」


「うん。それかなー?お菓子にチーズ使ったことなかったけど、美味しくてビックリしちゃったー。教えてくれてありがと-」


「すぐにこの美味しさのケーキ作れるアリスさんもすごいけどね。まあ、こっちだとチーズあまり食べないから」


「お酒のおつまみで、少し食べるくらいだもんねー」


「発酵食品そのものがあまり作られてないからね」


 醤油も味噌もなかったので作るのが大変だった。法国で回復魔術パクってなかったら、試行回数が稼げずまだ出来ていなかったかもしれない。苺のケーキもうまい。


「うん。食べ物長くもたせたかったら、凍らせればいいだけだもんねー?でも最近リリーナちゃんのところで取り扱い増えたよねー?」


「発酵食品は美味しいし、体にも良いから。食べ物増えるのは良いことだよ」


 この世界で発行食品があまり作られていない主な原因は魔術だろう。水が得意な人ならだいたい氷も作れるのだ。食料を長期保存する簡単な方法があるなら、発酵の技術もそりゃ進歩しないだろう。


「そうだねー。いいことだねー」



 その後も、アリスさんと雑談をしていたが、本日のお客さん第2号が来たので、帰ることにした。


「ありがとうございましたー。また来てねー」


「ごちそうさま」


 手を振るアリスさんに見送られて店を後にする。

 アリスさんの店は美味しいんだけど、お客さんがほとんど女の人だから普段は入りづらい。。


 甘いものを食べて、アリスさんと会話して気分はかなり回復した。


 家に帰ったら、別な魔道具の仕事を片付けて、大丈夫だと思うが家の警備を強化したいと思う。

 この世界でも魔物より人間の方が悪辣だ。




 ……たまには、和風の甘味も食べたいな。モチとか。餡子付きで。

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